夢物語【完】
頭を少し動かすと高成が頭を上げてくれた。
あたしも同じように預けてた頭をあげる。
嬉しかった。すっごい嬉しかった。
何が嬉しかったって“全部”が嬉しかった。
高成と出会えたこと。
一夜を二度も一緒に過ごせたこと。
“好き”と言うてくれたこと。
毎日、声が聞けたこと。
毎日、高成を想えたこと。
デートが出来たこと。
メンバーと食事が出来たこと。
高成と手を繋げたこと。
高成に抱きしめてもらえたこと。
高成とこうしれられること。
気持ちに気付けたこと。
なにより、高成に本音を言えたこと。
4年と半年。高成との思い出。
寂しくないって言うたら嘘になるし、離れたくないって言うたら嘘になるし、手放したくないって言うのが本音やけど、その気持ちは“恋”じゃないって気付いたから今のままじゃおられへん。
腰に回されたままの手が離れる気配がなくて、むしろ強くなってる気がしたけど気付かんフリをした。
次の言葉が最後やのに、まだ厚かましくも惜しんでる自分が言葉を喉の奥で止める。
それと同時に違うものも引き止める。
込み上げてくるたびに喉を鳴らすように飲み込んで深い息を吐く。
3回くらい繰り返してやっと腰を上げて離そうとせんかった手を無理矢理剥がして向かい合った。
高成は無表情。
あたしの口から出る言葉を待ってる、んやと思う。
そんな高成と向かい合ってるとやっぱり厚かましくて図々しくて身の程知らずな感情が沸いて来る。
堪えるのがいっぱいいっぱいやのに笑えってのも難しい。
“愛おしい”とかそんな感情を抱く自分に呆れる。
無意識に膝の上で強く握ってた拳が歪んで見える。ヤバイ、そう思った瞬間にはもう遅かった。
「別れるつもりないよ。涼がどう思っていようが、俺は別れるつもりはない」
「・・・高成」
「それくらいなら覚悟の上だよ。こうなる事くらい予想してた」
「高成」
「それでも俺は涼を手放す気なんてない」
「でも」
「涼が考えることなんて透けて見える」
腕を引かれた、と思ったら抱きしめられた。
「泣いて言えないなら言おうとするな。そのままでいい。本当のスタートは今からだ。全然遅くないし、涼は悪くない。これから少しずつ会って話して知っていければいい」
「・・・」
「俺達は今からだ」
高成は出会った時からそう、優しすぎると思う。
お人よしすぎると思う。
これがあたしやから抱きしめて済む話やけど、もし悪女やったら騙されるのがオチってもん。
優しすぎるのが高成の悪い所やと思う。
そんなこと言われたら“そうやな”って思ってしまう。
“これから”って言われたら“もっと知りたい”って思ってしまう。
「これから“俺”を好きになって」
そんなことを言われたら、やり直しが利くって言われたら、“初めからやり直そう”って思ってしまう。
あたしが高成をどんな風に見てても、どんな形で思ってても、“それでもいい”って言う高成に甘えてしまう。
そんな自分が嫌で嫌で、いっそのこと嫌いになってくれた方が楽やと思えるくらい。でもそれと同じくらい嬉しくて、やっぱり同じくらい辛い。
想定内であったとしても辛い思いをさせてたことに変わりはなくて、そういう思いをさせてたことに違いはない。
それでもそんな思いをさせてたあたしに自分を好きになってほしいと言う。
「高成はアホやと思う」
「なんで?」
「趣味も悪い」
「は?」
「才能はあるのに女の趣味悪い」
ここまできたら本音も建前もない。
「あたし以外にも女の子はおる」
「うん」
「可愛いくて素直な子とか」
「うん」
「家庭的で気が利いて」
「うん」
「高成のことを本気で好きな子がおる」
「うん。でも俺は涼がいい。何もなくても涼がいいんだ」
こんなに突き放しても、それでもあたしがいいって言うてくれる。
あたしには勿体なくて恐れ多い気持ちが抱きしめられた心臓から伝わってくる。
「アホちゃう・・・」
その気持ちの強さが、大きさが、あたしを高成から逃げさせてくれんくて、惨めな気持ちになるのと同じくらい幸せにしてくれる。
あたしは自分が思ってる以上に想われて大切にされてて、あたし以上に幸せな人なんかおらんのちゃうかって気にさせられる。
自惚れでもいいって思えるくらい、あたしは幸せ者。
幸せにしてくれる人が高成で、幸せになる女があたしで、申し訳ないくらい幸せに包まれてる。
高成の気持ちの大きさに惨めさと嬉しさと申し訳なさで涙が止まらんくて、高成の服をぐっしょりさせるくらい泣いた。
メイクも落ちて目も腫れてブサイクになったあたしをずっと抱きしめててくれる高成にまた泣けた。
ずっと泣いてるあたしを高成はずっと抱きしめてくれてた。
「横になる?」
泣きすぎて真っすぐ座る気力も体力もなくて心配してくれる高成に大丈夫やで、って伝えるつもりで笑おうと思ったけど瞼が重すぎて目を開けることも出来ん。
でも開ける努力せんとそのまま眠ってしまいそうで意識を支えるので精一杯。
横になってしもたら、それこそ一瞬で夢の世界に引き込まれて朝まで戻ってこれそうにない。
「いや、いける」
頑張ってみても動けんあたしに高成は笑うしかなくて、とうとう抱き上げてベッドに寝かされた。
「重、いのに」
「うん、ちょっとね」
「ひど、」
「嘘だよ。傍にいてるから寝な」
「でも」
「傍にいるから」
いや、あたしが言ってんのはそこじゃなくて、あたしが心配してんのはあたしが寝たあとどうすんだってことで、母が客間を用意するほど気遣いが出来る人ではないし、どうすんの?って遠くなる意識の中で思うだけで口には出せないまま眠ってしまった。
完全に手放す前、高成の手が頭を撫でてる気がして“おやすみ”って言うてくれた気がした。