夢物語【完】



「ちょっと落ち着いた?」
「悟さん」

今度は僕に付き合ってもらおうかな、と笑った悟さんは相変わらずフェロモンだだ漏らしで隣に並んだだけで緊張する。

甘く匂う香水は不思議と落ち着けて涙も嗚咽もぴたっと止まった。

「ナリから聞いた?奥さんへのお土産一緒に選んでくれる?」
「はい、あたしでよければ」

涼ちゃんがいいんだよ、とふいに肩を引き寄せられた。
突然のことで顔に熱が集中する。

見上げ見た悟さんはあたしを見下ろし優しく微笑むと後ろに向かって舌を出した。
なんで?て思って同じように後ろを見ようとしたら強く引き寄せられて邪魔された。

「帰りすごく怒られるんだろうな~」

怒られんのに嬉しそうな顔の悟さんに笑えた。
まるで怒られることが嬉しいみたい。だから素直に聞いてみた。

「怒られるの、嬉しいんですか?」
「お~、僕をドMみたいに言ってくれるじゃん」

いい度胸だ、その言葉にウケた。「違いますよ」と笑いかえした。
雰囲気そんな感じやけどさ、って思ったのは言わんとこうと思う。

「ちなみに僕はSだし、ノーマルだから。とか、そんな話じゃないんだよ!」

乗せないでよ…と頭を抱える悟さんに声を出して笑った。

ほんま悟さんはムードメーカーでお話上手で女の子の扱いが上手。
おかげでメンバーに対するあたしの気持ちも和らいだ。
悟さんにはお世話になってばっかり。

「迷惑かけて、お世話になって、ごめんなさい。こうして隣に並んで話してくれるだけで、すごく嬉しいです。ありがとうございます」

少しの無言のあと、涼ちゃんの笑った顔、超可愛いじゃん!!!と抱きしめられたのを高成の一発で悟さんから解放され、今度は手を繋ぎながらお店をまわった。
これには高成の制裁は入ってこんかった。
その境目がよくわからん。

悟さんに奥さんいいの?とは思わんかった。
それがこの後の悟さんの嬉しい出来事に繋がるなら高成の前でも拒否しようとは思わんかった。
悟さんは高成が色んな感情を出すことが嬉しいんやと思う。

陽夏ちゃんが言うたように数年前の高成がすごい無愛想やったんなら今こんな風に感情を表に出すことは悟さんにとって嬉しいことなんかもしれん。

あたしの肩を抱いて、あたしと手を繋いで、それで高成が嫉妬なり怒りなり出してくれたらその少しの事が嬉しいんやと思う。

気なって何回か高成を見ようと試みるけど完全に読まれてタイミングよく話しかけられたり、「ダメ!」とか「僕よりナリのがいい?」と言われて見れんかった。

僕より、とか言われたら、そんなことないです!て言ってしまいそうになるやん、と思ってしまって高成に悪い気がした。

色んな店に入って、これは?これとかどうですか?て聞くけど、答えは全部「それ、いいね」とか「ん〜」とかで、正直な気持ちとしては限界きてる。

だからかもしれん。
てか、それしかないんやけど、思わず口を滑らした。

「悟さん、お土産選ぶ気あるんですか?」

言ってから気付いた。
口調とか完全に素でダルさ全開のふてぶてしさ丸出しで口を押さえながら引き攣った笑顔を見せても完全に後の祭り。

「ふふっ、あははははは!」
「?!」

少しの含み笑いのあとの大爆笑。
こっちがヒビるくらい、ていうか、通行人が一瞬びくつくぐらいの声で笑った。

「あ、あははっ!あ、ごめん。ほんっとごめん!ふふっ」

謝ってんのか馬鹿にしてんのかおちょくられてんのか判断し兼ねるような爆笑ぶり。
その理由は悟さんの笑いが落ち着いた数分後に教えてくれた。

「いや、高成に涼ちゃんの第一印象聞いてたんだけどね?僕が見る限り全然そんな感じないし、むしろ気が回るいい子だなって感じで。でも高成が嘘つくはずないからさ?涼介みたいな涼ちゃん見たくて頑張ってたんだー」

あーもーコイツどうする?
圭ちゃんがおったら絶対言うてた。
絶対、絶対言うてた。

あたしから深~く重~い溜め息が出たのは言うまでもないことで、これが悟さんじゃなくて知り合い程度やったら帰ってた。

……そうは思っても悟さんから匂う甘い香水と申し訳なさそうな顔で「ごめんね?」とか言われたら許してしまう。

ごめんね?ほんとごめんね?と完全に拗ねたあたしに何回も謝る悟さんは、これ買ってあげるから機嫌直して?これは?これはどう?とジュエリーショップに引っ張っては貢がれてるみたいで恥ずかしくなって結局許した。

それでもやっぱり買わんと気が済まんかったらしくて、これ涼ちゃんっぽいから買っちゃった!と水色と青のサテンのシュシュをくれた。
あたしが勝手に拗ねただけやのに申し訳なかったけど、ありがたく受けとった。

「高成が好きになった理由がわかったよ」

そう笑った悟さんは過去の高成の恋愛事情を知ってるんやろう。
だからそうやって言える。

過去の彼女の話。
別に気になるわけじゃないけど、いや気になるけど、少なくとも過去の彼女とは違うってことで、違うからあたしを選んでくれたって勝手に自分のいいように解釈した。
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