夢物語【完】
「痛いやんかよ!!」
「うるさいわ!アホ女!!」
「アホ女ってなによ!ほんまの事やんか!!」
「アホにアホ言うてなにが悪いねん!だいたいお前は、」
「はーい、そこまで!強気な涼ちゃんもいいけど、男の胸倉掴むのやめようね?」
ちょっと正気を失いかけてたあたしと涼介の間を割って止めてくれたのはやっぱり悟さんで、無意識に掴んでたらしい涼介の胸倉の手を離すよう再度促したのは呆れ顔の高成やった。
こんな自分を見られて恥ずかしいという感情を忘れるくらい我を忘れてたあたしは止めに入った高成をちょっと睨んだかもしれん。
でもそう思ったのは高成がちょっと怒ってたから。
それだけでビビったチキンなあたしは小さい声で謝った。
高成は何も言わんと頭を撫でてくれたけど、やっぱり顔は怒ってた。
「…俺かよ」
「今のは両成敗だよ、ナリ」
ね、涼ちゃん?と伸びてきた手があたしの頭に触れる前に高成は叩くように避けた。
その仕草にびっくりしてるあたしと「拗ねちゃったじゃん」と楽しそうに言う悟さんと「俺のせいにすんな」と呆れる涼介。
わけわからんままのあたしに悟さんは「涼ちゃんがあんまり涼介と至近距離で話すからナリが妬いちゃったんだよ~」と笑顔で教えてくれた。
「涼介の前では完全に素で話してんじゃん」
ふて腐れた言い方で見上げても目すら合わせてくれん高成。
口調からわかる高成の素の部分。わかりやすすぎる高成の嫉妬心。
あーヤバイ。
抱きしめたいかも、そう思った。
「この様子だと涼ちゃん大丈夫みたいですね!ね、京ちゃん?」
またもや流れを完全に無視され、そんなことは気にせん陽夏ちゃんは京平に同意を求めてた。
大丈夫って何が大丈夫?って聞くほどバカじゃないし、だからといって大丈夫と言い切れるわけでもないけど、
「どうでもいい…」
怠そうに答えた京平に応援してほしいとまでは言わんけど、高成がわざとあたしを放置して教えてくれたから、全員が認めてくれたんやって思えるから、高成の気持ちもメンバーの気持ちも大切にしていこうって強く思える。
「迷惑かけてすみませんでした。ありがとう、」
涙が出てきて最後まで言えんかったのもあったけど、陽夏ちゃんが同じように泣いてくれて抱きしめてくれた。
陽夏ちゃんは泣きながら「辛いこと多いですけど、頑張って支えていきましょうね」とか「一番傍で応援していきましょうね」とか「番号とアドレス聞いていいですか」とか「私、涼ちゃん大好きです」とか、最後は私情に変わってたけど嬉しかった。
陽夏ちゃんの肩越しから見た京平の顔が微笑んでたから京平も認めてくれた、と勝手に都合のいいように解釈した。
「陽夏」
あたしを抱きしめたままで、まだ喋り続けてた陽夏ちゃんは京平のこの一言でピタッと止まり、ちょっと困ったような笑顔を見せた。
そして、京平からは見えんように小さく手招きしたから一歩近付いて顔を近づけた。
「京ちゃん、すごいヤキモチ妬きで女の子相手でもすごいんです。私が涼ちゃんを好きになっちゃったから、いい気がしないんですよ、きっと。笑顔の裏はきっと怒ってるんです。見た目によらず女々しい部分多いんです。涼ちゃん、こんな話ばっかりなんですけど聞いてもらえますか?京ちゃんの彼女っていうこと、友達には言えなくて…もちろん、ナリくんの話や相談は聞きますから!」
陽夏ちゃんがすごい嬉しそうに笑うから、今まで誰にも言えんくて辛かったんかなって少し寂しくなったし、我慢してたんやろうなって感じた。
恋愛偏差値の低いあたしがそう思えたのは、これからあたしも同じような立場になる人間やからで、嬉しくても話せんかったり、悲しくて寂しくても相談できんかったり、辛いことが増えるからやと思う。
あたしは聞くことしかできんけど、陽夏ちゃんの今まで溜まってた分の言いたかった話を全部すり切れるくらい聞いてあげようと思えた。
あたし達は自分の彼氏を、メンバーを、影で支えるだけじゃなくて、それに対して自分たちのあり方とか我が儘の言い方とか色々相談したり聞いたりして、あたし達自身も成長していかんとあかんなって思った。
呼ばれて京平の元に返っていく陽夏ちゃんの顔は満面の笑みで、手元に戻ってきた陽夏ちゃんの顔を見るなり、あたしに見せたことのない笑顔を見せた京平はタバコを持ってない方の手で頭を撫でた。
それはすごく優しい仕草で、愛おしい人を見つめる優しいまなざしやった。
あまりにそれが綺麗で見つめてたあたしに気付いた京平は瞬時に顔つきを変えて舌打ちした。
舌打ちにはイラッとしたけど、その隣で陽夏ちゃんが困った顔でこっちを見たから、それに免じて許してやろうと思った。
「じゃあ、一段落したところで焼き肉食べに行かない?」
悟さんの一言で元の空気に戻った事に気付いたときにはもう陽は傾いていて、夕食には少し早い時間やったけど新幹線の時間もあるからと移動して韓国人が経営してる本場の焼き肉って噂の焼き肉屋さんへ向かった。