あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
好きなお菓子の話。うつくしい草花の話。見かけた小鳥が可愛らしかった話。

夜更けは寒くないか。何か好きな食べ物は。おすすめの本は。


こちらに合わせて選ばれたのだろう話の合間に、幾度かアンジーと名前を呼ばれた。それだけだった。


それだけをわたくしはいつも望んでいたのだ、と思い知らされるには、一晩で充分だった。


呪われ令嬢を知らない、うつくしい、ひと。


アンジーでもアンジェリカでも、あなたでも、呪われ令嬢以外の言葉で呼んでもらえるなら、話題はなんでも構わなかった。

わたくしがわたくしであることを、否定されないだけでよかった。


居心地がいい。話がしやすい。ヴェール越しに目を合わせても嫌がられない。


目を見て、たまに笑いながら話ができる。名前を呼んでもらえる。普通のひとって、なんてお話しやすい状況なんでしょう。


わたくしはずっと、息をするのさえ怯えていたのに。


たぶん、こういう気持ちを、名残惜しいと言うのね。


「申し訳ない、すっかり遅くなってしまいましたね」

「いえ、楽しい時間をありがとうございました」

「こちらこそ楽しかった。ありがとう」


ふと窓の向こうを眺めたルークさまが、ゆっくり目を細めた。
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