凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

「さてと。俺はこれから走りに行ってくる。美鶴もどう?」
 そう聞かれて美鶴は首を横に振った。透は見るからに足が速そうだし、「足手まといになると思うので、遠慮しておきます」というと「そうか」と納得したように頷いた。
 一時間ほどして戻ってきた透の手にはお洒落な紙袋が握られていた。
「ただいま。はい、お土産」
「ありがとうございます」
 美鶴は渡された紙袋を開けた。中にはベーグルとクロワッサンが入っている。
「この近くに早朝に開店するベーカリーがあるんだ。何度か買ったことがあるが、どれも旨い。俺はシャワーを浴びてくるから先に食べていていいぞ」 
 食器棚から皿を出し、パンを並べる。別の袋に入っていたコーヒーは大きいほうを透が座る席に置いた。バターの香りが鼻腔をくすぐりすぐにでもかぶりついてしまいたかったが、透が出てくるのを待つことにした。ダイニングテーブルの椅子にちょこんと腰かけると、微かに響いてくる水の音を聞いていた。
「待ってたのか。コーヒーも熱いうちの飲めばよかったのに」
 リビングへと戻ってきた透の髪はまだ濡れていた。
「透さんも、髪を乾かしてくればよかったのに。急いで出てきてくれたんですか?」
 鎌をかけてみたのだがどうやら図星だったようで「美鶴が待ってるような気がしたから……」と口ごもる。透はそれと気づかせないように気を遣ってくれているのだ。
ふたりで朝食を食べた後、透は仕事をするといって書斎へ行ってしまった。美鶴は部屋でスーツケースの整理をした。持ってきて服をクローゼットにかけ、そのほかの小物はチェストの引き出しにしまう。持ってきた荷物が少なくてあっという間に終わってしまい手持ち無沙汰になった美鶴はリビングのソファーに身を沈めた。スマホをみると明彦からメールが来ている。
こちらは大丈夫だから安心するように。とだけ書いてあった。
「それだけ?」
拍子抜けだった。筆まめではない明彦からのメール。美鶴が寂しくならないようにとの配慮かはわからないが随分とあっさりしたものだった。おかげでホームシックにならなくて済みそうだ。そう美鶴は思った。
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