凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない
十一時少し前に透が部屋から出てきた。黒のセーターとワイドパンツにチェスターコートを羽織っている。長身の透によく似合っていた。
「そろそろ行こうか?」
「はい!」
「行きたいところはある?」
「……分からないのでお任せで」
マンションの駐車場で透の車に乗り、表参道のショッピングモールまでやってきた。
「ここ、テレビで見たことあります」
 美鶴は興奮気味に言った。この付近一帯はテレビでもSNSでもよく取り上げられているのでよく知っている。
「原宿も近いんですよね?」
「すぐそこだ。買い物が済んだらいってみるか」
透と並んで歩いていると若い女性の視線が向けられていることに気付く。ちらちらと見たり、聞こえる声でかっこいいといったりしている。そんな女性の殆どが綺麗でおしゃれな服を着ていた。そんな彼女たちの視線は美鶴にも無遠慮に向けられる。
何か言われたわけではないが急に自分だけこの街から浮いている気がした。
「……透さん。やっぱり帰りたいです」
「急にどうした?」
「メイクも上手じゃないし、服もこんなだし……」
今着ているコートは高校の時に買ったもので防寒メインの飾り気のないものだ。ワンピースもファストファッションの通販で購入した。メイクもそうだ。ほぼすっぴんで髪も結んだだけ。
この数年、家と診療所の往復しかしていなかったしどこかに出かけることもなく、服装に気を遣うこともなかった。これまで気にも留めなかったことが今、どうしようもなく恥ずかしい。
「服は買って着替えればいいじゃないか。メイクは、してもしなくてもどっちでもいい……そのままで十分綺麗だからな」
 透の言葉に美鶴は驚いたように目を見開いた。
「綺麗? 私ですか??」
「みんなが美鶴を見てるの気付かなかった?」
「いいえ、みんな透さんを見ているんですよ! 透さんは背が高くて、顔が整っていてまるでモデルさんみたいに素敵だから」
「そんな風に思ってたんだ?」
 美鶴はハッとして口元を手で覆った。透はしたり顔で美鶴を見ている。
「……思ってました」
「ありがとう。俺も美鶴の事、綺麗だと思っているよ。白い肌に赤い唇。真っ黒で艶のある長い髪。名前の通り雪原を舞う丹頂のように美しい子だって」
「そんな……」
 美鶴は咄嗟に背を向けた。顔は茹蛸のように赤く染まり、嬉しさで口元が緩んでしまっている。
「美鶴?」
「ごめんなさい。こんなこと初めていわれたからどうしていいかわからなくて」
「ありがとうって笑ってごらん」
 透に肩を掴まれて振り向かされる。
「ほら、」
美鶴はおずおずと透を見つめて「ありがとう」といった。笑えていたかは分からない。でも透は「どういたしまして」と満足げに微笑んで見せた。
「さあ、買い物に行こうか」
 それから美鶴は服と靴、バッグとコスメを購入しその支払いをすべて透がした。その中で透に勧められた服に着替えると原宿へと向かった。
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