クールな課長とペットの私~ヒミツの同棲生活~




「あ!」


その気配に気付いた時にはもう遅くて、動揺したからか手から本が滑り落ちる。慌てて拾おうと前屈みになれば、先に素早く手に取られてしまった。


「……“源氏物語”に“落窪物語”……か」


落ちた本の題名を読み上げた葛城さんは、本を眺めて眉を寄せている。きっと厚かましいと呆れたに違いない。


「す、すみません! 勝手に読んでしまって……」


部屋で待ってろとは言われたけれど、読書の許可はいただいてないのに。なんて図々しいことを……そのうえ家主を待たせただけでなく、落としたものを拾わせるなんて。

情けなくてただただ、ごめんなさいと謝り項垂れるしかない。

けれど、葛城さんの口から出たのは意外な答えだった。


「いや、構わない」

「え……」

「それだけ本が好きなら、好きな時に読みにくればいい。部屋のカギは預けておくから」

「…………」


思いがけない許しに、自然と顔が上向く。葛城さんは源氏物語を開いてページを繰っていた。


静かな空間に、ただページを捲る音だけが聞こえる。私の好きな音に、提案が現実と教えてくれるような気がして。


じわじわと、嬉しさと興奮が胸に広がっていった。


「ほんとう……に、いいんですか?」


それが現実なのかを確認したくて、こわごわと葛城さんの横顔に言葉をかける。彼はこちらを見ないままに「ああ」と短く返した。


「退屈しのぎにはなるだろう。最近私も読む時間がないから、きちんと読んでもらった方が本も喜ぶ」

「あ……ありがとうございます!」


気がつけば、思わず彼の手を取ってギュッと握りしめてた。


ハッと気付いた時には、予想外の大胆さに顔に熱が集まる。慌てて手を離して謝ろうとしたのだけど。


それは、許されなかった。


葛城さんの手によって。

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