冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「どこにいるの! 出てきなさい!」

 今感じている恐怖は、自分の甘さが招いた代償だ。
 身に迫った危険が怖くて滲んできた涙をぐっと堪える。

 ――ディオン様に、迷惑はかけられない……
 納屋に入ったら、武器になるものを手にして――……

 恐怖に抗いながら、自分に出来る限りのことを巡らせる。
 薔薇の間を縫いながら進み、やっと丸い屋根を見つけた。

 すると、その下にたたずむ人影が目に入り、早鐘を打っていた心臓が大きく弾ける。
 まさかメリーが先回りして辿り着いてしまったのかと足が止まった。
 けれど、フィリーナを探す声はまだ遠くで響いている。
 その声を辿るように、いぶかしげに遠くを見やるのは高貴な雰囲気をまとう姿だった。

「……ッ!!」

 それが誰かとわかるなり、恐怖に追い立てられていた心が溢れる安堵に包まれる。
 フィリーナの気配に気づいてくれた漆黒の瞳がこちらに振り向いた。

「フィリーナ?」
「ディ、オン、様……っ」

 声を出して初めて、口唇までもが震えていることに気がついた。
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