冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 安心感を抱く姿を目にしてから、それまで必死に走ってきた足は、気を抜かれたようにその場に崩れてしまった。

「どうした!?」

 地べたに崩れ落ちたフィリーナに駆け寄るディオンは、土に汚れるのも構わずひざまずきあちらこちらを見まわしてフィリーナの無事を確かめる。

「ディオン様、その娘からお離れください」

 口元が震えて何も答えられなかったフィリーナに代わり、とても落ち着いた声がディオンを制した。

「まあ、フィリーナ。グレイス様だけではなく、ディオン様にまで色目を使っていたのね。とんだあばずれだわ」

 メリーはディオンに向けたものとは違う声で、とげとげしくフィリーナをなじる。

「ディオン様、その娘の毒牙にかかる前にお離れくださいませ」
「離れるのはお前の方だ、メリー」

 足腰の立たなくなってしまったフィリーナの前で、ディオンは身を低くしたまま腰元の短剣を抜く。
 そこに迫った恐ろしいメリーの姿は、勇ましく立ちはだかる薔薇の香り漂う広い背中に隠された。
 言葉通り、フィリーナを守ってくれるディオンに、胸の高鳴りはもう誤魔化せなくなっていた。
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