冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 うっとりとした表情で、大きな声を出すメリーのさらに迫り来る恐怖の足音。

「お覚悟を!!」

 メリーの方へと一歩足を踏み出すディオン。
 勇ましい背中の向こうに見えた悪魔に魂を売った人間の顔は、文字通り生気を失った瞳をおぞましく見開いていた。

「ディオン様……っ!!」

 見上げた先で、短剣が鈍く光る。
 耳をつんざくような剣同士の競る音。
 両手で渾身の力を込めるメリーは、明らかに体勢の悪いディオンを短剣で押さえ込む。
 ディオンは頼りない短剣で、悪魔の刃を受けるしかなかったのだ。
 背に、守るべき者がいたからだ。

 くっ、と歯を食い縛るディオンの呻きに、フィリーナは激しく噴き出す罪悪感に襲われる。
 自分の身をていしてフィリーナをかばう背中は、国のために命をかけるディオンの姿そのもの。
 国王たるにふさわしい王太子を目の前に、フィリーナは自分の犯した罪はとんでもないことだったのだと、あらためて悔やむ。
 そして、その罪を償いきれるとは思わなかったけれど、今まさにここで自分がすべきことを見いだした。
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