冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――“ディオン様は、わたくしがお守りいたします”

 ああ誓ったことは、その場かぎりの口上などではない。
 腑抜けになっていた足を奮い立たせ、フィリーナはディオンの背中から抜け出した。

「フィリーナああ!!」

 目下のディオンからフィリーナへと目を向けたメリー。
 その隙を突いて、ディオンはメリーの刃を強く押し返した。
 メリーは一歩だけ後ずさるものの、すぐに鋭利な切っ先をフィリーナに向けた。

 ――刃で切られたことはないけれど、糸紡ぎの針で指を刺すより痛いんだろうな。
 もしかしたら、怪我をするどころか、もうディオン様の食事のお世話も、お顔を見ることすら叶わなくなるかもしれない。

 ――そう思うと、とても哀しいわ。
 でも、私のような小娘を守ると言ってくださって、とても幸せでした。

 振り下ろされる刃は自分自身が蒔いた種の末路。
 それ受け止めようとする身体は足をもつれさせて、土の上に倒れ込んだ。
 フィリーナは、メリーの持つ刃物が今まさに与えようとする痛みに耐えようとぎゅっと目を閉じると、

「そこまでだ」

すぐ近くから、低くたくましい声が聴こえた。
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