冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 乾くにはもう少し時間がかかる髪をまとめ直し、着替えに宿舎に戻る。
 洗い替えのスカートとエプロンに身を通すと、さっきよりだいぶましな使用人に戻った。

 黒のスカートにエプロンを掛けただけの足元を見下ろして思う。
 あくまで、自分はただの使用人だ。
 あの煌びやかな世界に足は踏み入れられない。
 日影から遠く、眩しさに目を細めているくらいがお似合いなのだ。

 宿舎の外に出て見上げた王宮の明かり。
 満月の光に負けないほどの明るさが、フィリーナの磨き上げた窓から溢れ出していた。

 ――あそこは、私にはあまりにも眩しすぎる……

 輝くシャンデリア。
 揺れる煌びやかなドレスに、華やかに着飾った貴婦人達。
 品のいい振る舞いや、ダンスのたしなみも、フィリーナには無縁のものだ。

 不意に思い出したのは、私に向けられた澄んだ声。

 ――“私が、君を守ろう”

 目を閉じると思い出す漆黒の瞳も、あの王宮の眩しさの中に溶けて消えていくようだ。
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