冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――あれは、私が勝手に見ていた夢の世界だったのかもしれない。

 思い出そうとしても、王宮の明かりが眩し過ぎてかすんでいく。

 ――“沈みゆく心が軽くなるようだ”
 ――“だから、……いなくなられては困る” 

 胸をいっぱいに膨らませた記憶が、たまらなく惜しくなる。
 手を伸ばしても霧の中を探っているようで、たしかなものが掴めない。

 ――“フィリーナ”

 優しく私呼んでくれたあの声が、薔薇の香りとともに耳を掠めていく。

 ――もしかしたら……
 昨日の名残りがたしかなものとして、あそこにあるかもしれない……

 フィリーナは、ふらりふらりと礼拝堂の裏へと向かう。
 月明かりが綺麗な闇夜。
 緑の入り口を潜れば、昼間とは違う顔をした薔薇達が迎えてくれた。
 目を閉じた静かな薔薇達は、その麗しさを妖艶なものにして咲き誇る。
 奥へと続く道に月明かりが作るスカートの影が広がる。
 それだけを見れば、自分もドレスを着ているかのように見えた。
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