冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――どうして……ディオン様が、ここに……?

「フィリーナ? ここではないのか」

 聞き間違いかと思ったのに、たしかにフィリーナを呼んでいる澄んだ声。
 さっきまでとは違うものが、指の先までを震わせる。
 薔薇の陰からうかがった姿は、月明かりに照らされてはっきりと目の前に見えた。

「……たしかに、ここに来たようだったが……」

 ひとりごち身を翻されるディオンを驚かさないよう、フィリーナは月明かりに身を晒しそっと声を掛けた。

「……ディオン様……わたくしなら、ここに」

 震えている指先を落ち着かせるように胸元で握りしめ、ディオンの前に出る。
 もしかしたら、また夢を見ているのかもしれないと思ったけれど、目の前にいる高貴な人はたしかにフィリーナを見つめるなり、ほっと息を吐かれた。

「やはりここだったのか」

 遠く目を細めなければいけない世界にいた人が、どういうわけか今目の前にいる。
 喉の奥で大きく脈を打つ心臓が、熱い血を送り出し顔を火照らせた。
< 180 / 365 >

この作品をシェア

pagetop