冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「はい。
 ですが、どうしてディオン様はここに?」

ディオンは本当なら、あの煌びやかな世界にいるはずだったのに。

「それは私の台詞だ。それをそのまま君に返す」
「わ、わたくしは……」

 まさか、貴方様の名残りを探しに来た、などとは言えるはずもなく、顔を赤くして口ごもる。
 
「先ほどグラスの割れる音が聞こえた。あの場に君がいたように見えたが」
「も、申し訳ございませんっ。あのような公の場で、大変な粗相を致しまして……っ」

 どちらかというと、フィリーナよりあの酔った紳士の方が手を滑らせたようにも思ったけれど、きっと傍から見ればあれはフィリーナの失態だと誰もが思うだろう。
 事実がどうであれ、高貴な方の名を傷つけるようなことが言えるわけもなく、事態に気づいていたディオンに、フィリーナは深々と頭を下げた。

「怪我は、なかったか?」
「え……っ?」

 月の作る影を見つめるフィリーナに、ディオンは唐突なことを聞いてきた。
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