冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「酒の匂いがする」
「え……っ」
「まさか飲んだわけではあるまい?」
「そ、そんな、職務中に、とんでもございませんっ」
「それなら……、……頭から被ったのか」
「……っ……」

 耳元ですんと鼻を鳴らすディオンは、やはり察しがいいようだ。

「ちっとも大丈夫などではないようだが?」

 覗き込んでくる漆黒の瞳に、さらに膨む胸は呼吸を不自由にさせ、苦しさのあまり視界が滲んだ。

 ――誰も、私の心配などしてはくれなかったのに……
 むしろ、まるで見世物のように可笑しく笑われていた。

「また守ってやれなかったな……」

 まるで自分が悪かったかのように哀しげに呟くディオン。

 “手の届くところのすべてを守りたい”と自身が言った言葉をただ全うしようとしているだけなのに、都合のいい胸は、それが自分だけに向けられた特別なものだと勘違いをしてしまいそうになる。

「とんでもございません。あれは、わたくしの失態でございます。
 ディオン様は社交にお忙しかったのですから、お気になさることは何も――……」
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