冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 あまりに優しく微笑まれるものだから、フィリーナの心臓は大きな鼓動を打ち、顔が真っ赤に上気する。

 頭ののぼせ上がりそうなフィリーナの腰を引き、突然踏み出された一歩に、身体はふわりと連れて行かれる。
 たどたどしくつま先でついていく足元を見ると、エプロンをつけたスカートがひらりと優雅に波を打った。
 素材こそ違うものの、月影に靡いたそれは……華やかなドレスを思わせる。

 ここは、王宮の舞踏会場のように煌びやかではない。
 眩いシャンデリアもなければ、足音の響くような大理石の床でもない。
 だけど、満月が闇夜を明るく照らし、夜風はささやかな音楽を奏でる。
 薔薇達はまるで、感嘆の溜め息を吐くようにさざめいた。

 導いてくれるディオンにならい、フィリーナは戸惑いながらもステップを踏む。
 細長い薔薇園の小道の真ん中。
 自分を映す漆黒の瞳に見つめられ、ゆらゆらと夢見心地に揺られているようだった。
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