冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「なかなか上手いではないか。どこかで嗜んでいたのか?」
「い、いえ……ディオン様の手ほどきがお上手だからでございます」
「私も上手い方ではない。昔から社交の嗜みとして、嫌々叩き込まれただけだからな」
「ですが、レティシア様とのダンスは……とてもお上手でしたよ」
「……」

 胸を苦しくさせる眩い光景を思い出すと、突然、リズムよく踏んでいた足がぴたりと止められた。
 微笑んでいた漆黒の瞳に、にわかに物哀しさが挿す。

「君には、……見てほしくはないと、思っていた」
「え……」

 優しく繋がれていた掌は解かれ、眼差しを注ぐように頬を包み込まれる。

「私は身勝手だな。……そう思っていたのに、願い通りそこからいなくなると、途端に君の姿を探してしまっていた」

 腰を抱く腕に力が込められる。
 その強さに胸の奥がぎゅっと掴まれた。

「レティシアと寄り添い合っている姿を見てほしくはなかったのに、それを見た君が、少しでも嫉妬してくれればとも思った。
 ……こんな葛藤は、初めてだった」
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