冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「ディオン、様……」

 名前を呟いた口唇が、温かな親指になぞられる。
 触れられた部分が腫れたように熱を持った。

「……フィリーナ……」

 頬を包んだ掌が滑り降り、フィリーナの顎を掬い上げた。
 傾き迫る漆黒の瞳。
 逸らせない眼差しからは、ディオンの想いが降り注いでくるようだ。

 ――私に、嫉妬、してほしかったのですか……?
 それは、ディオン様に対する私の気持ちを、試したかったからなのですか?
 私がディオン様をどう思っているのか、知りたかったのですか?
 ディオン様は、私に……どう思っていてほしかったのですか……?

 間近に見える睫が、軽く伏せられる。
 鼻先を交わし触れ合う寸前で、この先に待ち受ける出来事に堪えきれず……顔を逸らしてしまった。

 喉の奥で心臓が破けそうな音を立てる。
 うぬぼれに身体が熱くなるフィリーナを強く抱き締め、ディオンは耳元で苦しげに呟いた。

「君がこうして踊りたかったのは、……きっと、グレイスの方だったのだろうな」
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