冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――あ……
 ……そうだった。
 ディオン様には以前、私がグレイス様をお慕いしていると打ち明けたのだったわ。
 だけど……

「あれには君のような女性が必要なのかもしれない。
 素直で、真っ直ぐで……純粋で」

 これはきっと褒め言葉をもらっているはずなのに、ディオンがひとつひとつくれるたび、膨らんだ胸に棘が刺さっていくようだ。

「すまなかった。不躾なことをしてしまって」

 はらりと温かさが解かれる。
 刺さった棘は抜けないまま、胸に痛みを走らせた。

「さあ戻ろう。私はまだ言葉を交わしていない客人に挨拶をしなければならない。一人抜けてしまった分、今夜は君もまだまだ忙しいだろう」

 柔らかだった表情は、止んだ夜風とともに消されてしまったかのよう。
 瞬いた漆黒の瞳は、そこにあった煌めきを瞼の裏に隠し、いつものように手の届かない気高い雰囲気を醸された。

< 191 / 365 >

この作品をシェア

pagetop