冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 決して触れることを許されなかった、あの漆黒の瞳の奥に見えたお心。
 想うだけで胸が熱く、強くなれる。
 
 ――私は、ディオン様が守りたいものを守るために、陰ながら支えるの。

「あたくし達はただ幸せになりたいだけよ」

 すっくと立ち上がるレティシアは、すらりとした美しさでフィリーナを圧倒する。

「人を傷つけた上に、幸せなどは築けないと思います」
「あら、ずいぶんと威勢のいいことをおっしゃるのね」

 自分でもはっきりと物申していることに驚いた。
 誰でもが、一番最良な方法で幸せになれる術はあるはずだから。
 真っ直ぐな視線を逸らすことなく見つめるフィリーナに、紫色の瞳は薄っすらと笑んだ。

「他人を傷つけていることに気づかず、のうのうと幸せに生きている人間もいるってこと、ご存じないのね」
「どなたのことを、おっしゃっているのですか」
「とても身近な人よ……」
「姫」

 一瞬淋し気なものがレティシアの紫の瞳に過る。
 それを隠すかのように、背後でクロードがレティシアを呼び止めた。
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