冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「すまない、フィリーナ」
「いえ」

 申し訳なさそうな瞳には、フィリーナに向ける優しさが垣間見える。
 少しだけ後ろ髪を引かれるものの、ディオンにはディオンの考えがあることはわかっている。
 ただの使用人になんかでも気遣ってくれる優しさは、否応なしにフィリーナの胸を震わせた。

 交わし合う視線の間で、不意に心が通じ合ったような気がする。
 名残惜しくもそっと視線を外し下がろうとすると、すぐそばの扉が大きく開かれた。

 中から伸びてきた手が、突然フィリーナの腕を強く引っ張る。
 何が起きたかわからないまま、今しがた視線を交わしていた漆黒の瞳が遠くなっていった。

「ずいぶんと親しくなったようだな。僕との密事は忘れてしまったのか?」

 強く掴んだ腕を引き寄せ、フィリーナの身体に絡みつくように抱きしめたのは、グレイスの冷たくも感じる掌だった。
 背中から抱きしめるフィリーナの顎を無理やり掴み上げ、碧い瞳は陰りながら口唇を寄せてきた。
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