冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「グレイス……ッ!」

 歯噛みするようなディオンの声に目を見開く。
 自分の口元に冷ややかな感触を感じたかと思うと、グレイスはさらに深くフィリーナの咥内へとご自身の熱を滑り込ませた。

「……っ!!」

 突然のことに、息苦しくなった喉が喘ぐ。
 深い口づけは、忘れようとしていた愚かな記憶を呼び覚まし、涙を滲ませる。
 振りほどこうにも、顎を掴まれた顔は逸らすことができない。

「グレイスっ、お前は何を……!」

 すぐそばで、ディオンの苦し気な声が聴こえる。
 こんな様を見せたくなくて、できる限りの力で身をよじり、グレイスの胸元を押しやった。

「そんなに邪険することはないだろう。あんなに甘い時間を過ごした仲なのに」

 口唇は解放されたものの、フィリーナの腰を引き寄せたまま、グレイスは顔を背けるフィリーナの耳を舐るように囁いた。
 耳の裏を駆け抜けるぞくりとした感覚に、肩が震える。
 かつては心まで震わせていた感覚が、フィリーナに不快な心地を味わわせた。
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