冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「お兄様はきっとご存知ないでしょうけれど、バルト国王に捨てられた母は、お父様に拾われてからは、それはそれは惨めな思いをたくさんされていたようでしたわ。バルトの妾のお下がりだと」

――酷い……

 ついさきほど会ったヴィエンツェ国王の姿を思い出し、さらなる失望が苛立ちを膨らませる。

「けれど、あたくしが恨みなど晴らさなくとも、母はご自分で嫉妬に狂った思いを遂げられているわ。
 お兄様はご存じかしら。バルト国王の正妻についた女が、この世から消えた理由を」

 レティシアがおかしそうに話すことに、ふと思い出したことがあった。

 ――“母は、私の目の前で息絶えた。皆は口を揃えて病死だと言っていたが、……私はそうではないと思っている”
 
 ディオンが以前言っていたことだ。

 ――まさか……
 バルト国王妃様は、レティシア様のお母様の手で……?

 信じられないようなことに動揺するフィリーナの前で、佇む王子二人の表情はうかがうことができない。
< 264 / 365 >

この作品をシェア

pagetop