冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「フィリーナ。お前は馬に乗ったことがあるか?」
「いえ。昔家で飼っていた羊にまたがったことはありますが」

 恥ずかしながらフィリーナが過去の武勇伝を披露すると、グレイスは「意外とお転婆なのだな」と軽やかに笑う。

「今度、兄に頼んで、レティシアを乗馬に連れ出そうかと思っている」
「まあ、それは素敵です」
「下見をしておきたいんだ。女性が喜びそうなところに連れて行ってあげたい。彼女も城の生活でずいぶん窮屈な思いをしているようだから」
「それはよろしいかと思います」
「そこで、一度お前に女性の目からの意見を聞いておきたくてね。森に狩りなど行ってもつまらないだろう?」

 つまり、まずはフィリーナを連れ立って、レティシア姫が喜ぶような場所を探しておこうという考えなのだ。

「喜んでお供いたします」
「そうか、ありがとう」

 嬉しそうに細められる碧い瞳は、レティシア姫を大切に想っているのが伝わってきて、自分の方まで幸せを分けてもらっているようだとフィリーナは思った。
 けれど、二人は結ばれない宿命。
 最初からわかっているのに、それがとてもいたたまれなくて、心臓が掴まれるように痛む。
 グレイス自身も苦しい思いを抱いているはずだけれども、それを思わせずここにある“今”を健気にも大切にしている姿は、彼の想いの大きさを見せられているようでもあった。



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