冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「大丈夫か?」
「は、はいっ、ありがとうございますっ」
しっかり鞍に掴まると、続けてグレイスもフィリーナの後ろに乗馬してくる。
背中に圧倒されるような気配がつくと、爆発した心臓はそこから溢れんばかりの血液を送り出し眩暈を起こさせた。
「行くぞ。しっかり掴まっていろ」
「はいっ」
背中が焼けるように熱い。
少し前まで、遠くただ憧れるだけだった人が、自分を囲うように手綱を握っている。
歩みだした馬の一歩一歩が身体を揺らすたびに、背中に熱い気配が触れてきて、心臓は毎回破けそうな音で脈を打った。
「あの山の中腹に、それは美しい湖畔があるんだ」
指を差し、すぐ後ろから聞こえる甘くまろやかな声が、耳に吹きかけられているよう。
ただでさえ、ほとんど密着している状態に眩暈がするのに、耳裏をなぞるような声に、ぶるりとした感覚が背中を駆け下りた。
――ああ、もしかしたらこれは、夢の中なのかもしれない……