冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「降りてみるか」
「はい」
林の出口で待つようにイアンに指示をしたグレイスは、先に下馬してフィリーナに手を差し伸べてくれる。
馬舎で乗ったときとは違い、踏み台のない地面。
鐙に足をかけはしたものの、思った以上に遠かったそこへ、身体はふらりと落ち行く。
危ないと思う間もなく、フィリーナは下で待ち構えていたグレイスの懐に飛び込んでしまった。
「危ない」
温かな胸元から聴こえるまろやかな声に顔を上げた。
「気をつけろと言ったろう」
近すぎるほど近くにある美麗な顔に、全身が心臓になったように飛び上がった。
「もっ、ももも申し訳ございません……っ!!!!」
慌てて離れると、驚いた顔をしたグレイスはくすりと微笑んだ。
「少し歩いてみよう」
「はい……」
茂った草を踏みしめながら歩く湖のほとり。
足元では、透き通った水の中で群れていた小魚が、驚いて散らばっていく。