理想の『名字』の男の子
「ねえねえ、カカオ林くん、いままで部活とかって何してたの?」
一時間目が終わった休み時間、カッコイイ男子に目がない派手女子グループが、転校生の机に押しかけた。
「かなり日に焼けてるよねえ、テニスとか?」
「サッカーでしょ? 違う?」
「ええー、じゃあ一人ずつ当てようよ。あたしもテニスに一票」
「それ、あたしが言ったのにー」
「じゃ、あたしは逆に陸上? みたいな」
「はいはい、じゃ、あたしはねえ――」
グループの中には、あの梅林さんもいる。
あたしはそのきゃあきゃあ騒がしい会話を聞きながら、机の上でこぶしを震わせていた。つまり、
どうしてあの苗字に誰も突っ込まないわけ?!
ということである。
だって、カカオ林って! 梅林さんが梅の林なら、カカオ林はカカオの林ってことだよね?! カカオって言えばあれでしょ、チョコレートの原料になるカカオ。アフリカとか、何か熱帯的なとこに生えてる木の実みたいな、あのカカオなんでしょ?! それがどうして日本人の苗字になってるのよ!
あたしはいま、いつもは関わらない派手女子グループに、声を大にして言ってやりたかった。彼の謎すぎるの苗字に比べたら、カカオ林くんのやっていた部活の話なんてどうでもいい! って。
あたしがふるふる震えているのを見て、隣の凜花が「大丈夫?」と心配そうな顔をする。あたしは黙ったままうなずくと、努めて深呼吸をした。そうしないと、いまにも叫びたい衝動を抑えられる気がしなかったのだ。
加々尾林真吾――。自己紹介が終わると、先生は黒板に彼の名をそう書いた。
とりあえず、「カカオ」ではなく、「加々尾」と漢字を当てるわけだ。あたしは納得した。しかし完璧に謎が解けたと思ったわけじゃなかった。
将来の夢のため、図書館でネットでタウンページで、日々、珍しい苗字を漁るあたしに盲点はない。あたしは「加々尾」という苗字があることを知っていた。そして、それがすごく希少な苗字で、日本全国で百人レベルのものだということも。
けど、問題は「加々尾」の下につく「林」の部分だ。確かに「林」、それ自体は珍しくもなんともない。梅林さんと同じだ。けれど、それを繋げた「加々尾林」なんて苗字、見たことも聞いたことがない。珍名ハンターを自負するあたしが、こんな珍名中の珍名を覚えていないはずがない。
「……おかしすぎる」
つい、そんなつぶやきが漏れる。何が、というように、凜花が首をかしげる。あたしは思わず力を込めて言った。
「カカオ林なんて、そんな苗字、日本には存在しないのよ」
「そうなんだ」
凜花は目を丸くした。そして「チョコちゃんがそう言うなら絶対だね」、真剣にそう続ける。さすが大親友だ。あたしはその信頼に感謝しながら声を低くした。
「だから、あの苗字は偽名だよ。真面目に言って」
「でも、何のために?」
凜花が聞き返す。そのとき、カカオ林くんが派手女子に答える声が聞こえた。
「正解は、帰宅部……かな」
えー嘘ぉ、悲鳴に近い声が上がる。
「帰宅部なのに、どうしてそんなに日に焼けてるの?」
「あー、これは……」
「ちょっと待って! 当てるから!」
「そうそう、今度こそ当てたいもん」
「じゃ、正解者にはご褒美ってのは?」
「ええー、じゃ正解したら一緒に帰る、ってのは?」
「いいねいいね、じゃあメイからいくよー」
勝手な進行に、カカオ林くんがどんな顔をしているのかは見えない。けれど、再びゲームが始まろうとしたそのとき、二時間目のチャイムが鳴った。
「あ、じゃあ続きは後でねー」
やってきた先生の影に、蜘蛛の子を散らすように派手女子たちが解散する。
「日に焼けてるいうか……もしかして、カカオ林くんって……」
そのとき、ふと凜花がそう言いかけて――ちょうど教室が静まったタイミングのそのつぶやきは、カカオ林くん本人の耳に届いたようだった。と、振り向いた彼の顔にあたしは愕然とした。
教科書を取り出そうとうつむいた凜花は気付いていないようだったが、その顔は彼女を氷のように冷たい視線で見つめていたのだ――。
一時間目が終わった休み時間、カッコイイ男子に目がない派手女子グループが、転校生の机に押しかけた。
「かなり日に焼けてるよねえ、テニスとか?」
「サッカーでしょ? 違う?」
「ええー、じゃあ一人ずつ当てようよ。あたしもテニスに一票」
「それ、あたしが言ったのにー」
「じゃ、あたしは逆に陸上? みたいな」
「はいはい、じゃ、あたしはねえ――」
グループの中には、あの梅林さんもいる。
あたしはそのきゃあきゃあ騒がしい会話を聞きながら、机の上でこぶしを震わせていた。つまり、
どうしてあの苗字に誰も突っ込まないわけ?!
ということである。
だって、カカオ林って! 梅林さんが梅の林なら、カカオ林はカカオの林ってことだよね?! カカオって言えばあれでしょ、チョコレートの原料になるカカオ。アフリカとか、何か熱帯的なとこに生えてる木の実みたいな、あのカカオなんでしょ?! それがどうして日本人の苗字になってるのよ!
あたしはいま、いつもは関わらない派手女子グループに、声を大にして言ってやりたかった。彼の謎すぎるの苗字に比べたら、カカオ林くんのやっていた部活の話なんてどうでもいい! って。
あたしがふるふる震えているのを見て、隣の凜花が「大丈夫?」と心配そうな顔をする。あたしは黙ったままうなずくと、努めて深呼吸をした。そうしないと、いまにも叫びたい衝動を抑えられる気がしなかったのだ。
加々尾林真吾――。自己紹介が終わると、先生は黒板に彼の名をそう書いた。
とりあえず、「カカオ」ではなく、「加々尾」と漢字を当てるわけだ。あたしは納得した。しかし完璧に謎が解けたと思ったわけじゃなかった。
将来の夢のため、図書館でネットでタウンページで、日々、珍しい苗字を漁るあたしに盲点はない。あたしは「加々尾」という苗字があることを知っていた。そして、それがすごく希少な苗字で、日本全国で百人レベルのものだということも。
けど、問題は「加々尾」の下につく「林」の部分だ。確かに「林」、それ自体は珍しくもなんともない。梅林さんと同じだ。けれど、それを繋げた「加々尾林」なんて苗字、見たことも聞いたことがない。珍名ハンターを自負するあたしが、こんな珍名中の珍名を覚えていないはずがない。
「……おかしすぎる」
つい、そんなつぶやきが漏れる。何が、というように、凜花が首をかしげる。あたしは思わず力を込めて言った。
「カカオ林なんて、そんな苗字、日本には存在しないのよ」
「そうなんだ」
凜花は目を丸くした。そして「チョコちゃんがそう言うなら絶対だね」、真剣にそう続ける。さすが大親友だ。あたしはその信頼に感謝しながら声を低くした。
「だから、あの苗字は偽名だよ。真面目に言って」
「でも、何のために?」
凜花が聞き返す。そのとき、カカオ林くんが派手女子に答える声が聞こえた。
「正解は、帰宅部……かな」
えー嘘ぉ、悲鳴に近い声が上がる。
「帰宅部なのに、どうしてそんなに日に焼けてるの?」
「あー、これは……」
「ちょっと待って! 当てるから!」
「そうそう、今度こそ当てたいもん」
「じゃ、正解者にはご褒美ってのは?」
「ええー、じゃ正解したら一緒に帰る、ってのは?」
「いいねいいね、じゃあメイからいくよー」
勝手な進行に、カカオ林くんがどんな顔をしているのかは見えない。けれど、再びゲームが始まろうとしたそのとき、二時間目のチャイムが鳴った。
「あ、じゃあ続きは後でねー」
やってきた先生の影に、蜘蛛の子を散らすように派手女子たちが解散する。
「日に焼けてるいうか……もしかして、カカオ林くんって……」
そのとき、ふと凜花がそう言いかけて――ちょうど教室が静まったタイミングのそのつぶやきは、カカオ林くん本人の耳に届いたようだった。と、振り向いた彼の顔にあたしは愕然とした。
教科書を取り出そうとうつむいた凜花は気付いていないようだったが、その顔は彼女を氷のように冷たい視線で見つめていたのだ――。