理想の『名字』の男の子
このままじゃ、凜花が危ない。
二時間目は苗字にも態度にも鬼のつく、鬼沢先生の数学だというのに、あたしはちっとも集中できなかった。
ちらり、カカオ林くんが凜花を見る。これでもう六回目。怪しすぎることこの上ない。いや、これはもう完全に凜花は狙われたと断定していいだろう。その天然な頭脳でカカオ林くんの正体に気付いてしまった凜花。あたしの大親友は、いまカカオ林くんによって消されようとしているのだ!
あたしは板書をしているふりをしながら、カカオ林くんの動向を窺った。
折良く(?)も、いまあたしはある小説にハマっていた。一見普通の男子生徒が実は裏世界のスパイで、それに気付いた主人公の女子生徒が危険に巻き込まれていく――そんなストーリーだ。
そして、そのストーリーはカカオ林くんと凜花の関係にそのまま当てはまる。カカオ林なんて珍名を気取ったスパイが、可愛い凜花に牙を剥いたのだ!
ここままじゃいけない。ボキリ、シャーペンの芯が折れるのも構わず、あたしは考えた。小説の主人公はタフで機転が利く女の子だけど、凜花はまるで正反対だ。百戦錬磨のスパイ、カカオ林くんにしてみたら、凜花を亡き者にするなど、赤子の手をひねるよりたやすいことだろう。ピンチの時に助けてくれる謎の先輩がいない限り――。
「そうだ!」
あたしは思わずつぶやいた。
「どうした、田川? 問題が解けたなら、前へ出て式と答えを書いてもらおう」
鬼沢先生が言う。有無を言わさぬ口調だ。
別の考え事をしていたのだ。数式なんか、のたくったミミズの大行進にしか見えない。けど、あたしはきりっと立ち上がると、果敢にも黒板へ向かった。チョークを手に取る。
万年赤点の田川が珍しいこともあるもんだ、と言わんばかりに、鬼沢先生が眉を上げる。不安そうな凜花を振り返ると、あたしは猛然と式を書き始めた。
だって、あたしは大親友を守るため、これから裏世界のスパイと対峙する覚悟を決めたのだ。鬼沢先生ごときを恐れて、どうするってんだ!
「……田川、お前、明日から放課後を空けておけ」
黒板いっぱいに数字を書き切り、いたずらに粉だらけになったあたしに、鬼沢先生は静かに補習を告げる。それでもあたしは堂々と胸を張っていた。
補習が明日からでよかった。今日の放課後、ケリをつけられるから――そう思いながら、あたしはカカオ林くんを思いっきり睨み付けた。
二時間目は苗字にも態度にも鬼のつく、鬼沢先生の数学だというのに、あたしはちっとも集中できなかった。
ちらり、カカオ林くんが凜花を見る。これでもう六回目。怪しすぎることこの上ない。いや、これはもう完全に凜花は狙われたと断定していいだろう。その天然な頭脳でカカオ林くんの正体に気付いてしまった凜花。あたしの大親友は、いまカカオ林くんによって消されようとしているのだ!
あたしは板書をしているふりをしながら、カカオ林くんの動向を窺った。
折良く(?)も、いまあたしはある小説にハマっていた。一見普通の男子生徒が実は裏世界のスパイで、それに気付いた主人公の女子生徒が危険に巻き込まれていく――そんなストーリーだ。
そして、そのストーリーはカカオ林くんと凜花の関係にそのまま当てはまる。カカオ林なんて珍名を気取ったスパイが、可愛い凜花に牙を剥いたのだ!
ここままじゃいけない。ボキリ、シャーペンの芯が折れるのも構わず、あたしは考えた。小説の主人公はタフで機転が利く女の子だけど、凜花はまるで正反対だ。百戦錬磨のスパイ、カカオ林くんにしてみたら、凜花を亡き者にするなど、赤子の手をひねるよりたやすいことだろう。ピンチの時に助けてくれる謎の先輩がいない限り――。
「そうだ!」
あたしは思わずつぶやいた。
「どうした、田川? 問題が解けたなら、前へ出て式と答えを書いてもらおう」
鬼沢先生が言う。有無を言わさぬ口調だ。
別の考え事をしていたのだ。数式なんか、のたくったミミズの大行進にしか見えない。けど、あたしはきりっと立ち上がると、果敢にも黒板へ向かった。チョークを手に取る。
万年赤点の田川が珍しいこともあるもんだ、と言わんばかりに、鬼沢先生が眉を上げる。不安そうな凜花を振り返ると、あたしは猛然と式を書き始めた。
だって、あたしは大親友を守るため、これから裏世界のスパイと対峙する覚悟を決めたのだ。鬼沢先生ごときを恐れて、どうするってんだ!
「……田川、お前、明日から放課後を空けておけ」
黒板いっぱいに数字を書き切り、いたずらに粉だらけになったあたしに、鬼沢先生は静かに補習を告げる。それでもあたしは堂々と胸を張っていた。
補習が明日からでよかった。今日の放課後、ケリをつけられるから――そう思いながら、あたしはカカオ林くんを思いっきり睨み付けた。