理想の『名字』の男の子
 そんな夢を見ていたら、いつのまにか五時間目は終わり、教室から凜花とカカオ林くんの姿は消えていた。

「あれっ? 凜花?」

 よだれをふきながら、あたしが寝ぼけ眼でつぶやくと、たぶん松の生えている山に住んでいた松山さんが、

「凜花ちゃんなら、委員会の仕事があるって、カカオ林くんと出てったよ」
「どうしてカカオ林――くんと?」
「あ、空きがあるのが清掃委員だけだったから、それでカカオ林くんも――って、田川さん?!」

 松山さんが驚くほどの勢いで、あたしは屋上に向かって走り出した。なぜ屋上かというと、そこが凜花の清掃担当区域で、二人はそこにいるに違いないと思ったからだ。
 そういえば、夢で見た風景も屋上だったような気がする。
 嫌な予感に、あたしは走った。一つ飛ばして階段を駆け上がる。そして――

「凜花!」

 バァン、とドアを開け放つ。すると、驚いた顔がこちらを振り返る。凜花とカカオ林くんだ。二人の距離は近い。

「このココア星人めぇぇぇぇ!」

 何か違うような気がするが、パニックになったあたしはそう叫んで二人の間に割り込んだ。凜花を背中で守る。それから、はっと気付く。

「あたし、牛乳忘れちゃった……」
「……牛乳?」

 カカオ林くんが、あたしの目の前でぱちぱちと瞬きをする。うわお、間近で見ると芸能人みたいにカッコイイ。いやいや、けどこいつは珍名さんを騙った裏社会のスパイなわけで――。

「……チョコちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 凜花が心配そうにあたしの顔を覗き込む。

「あっ、だめだよ、だめ! 凜花はあたしの後ろに――」
「どうしたの、チョコちゃん? ひょっとして、まだ寝ぼけてる?」

 凜花は首をかしげると、手に持っていたほうきを立てかけて、あたしの額に触れる。ひんやりと冷たくて、気持ちのいい手。あたしがほっとしていると、凜花がにこっと笑った。

「そういえば、いま話してたんだけどね、カカオ林くんってクオーターなんだって」
「え? クオーター? ココアじゃなくて?」

 あたしが眉をしかめると、凜花は声を立てて笑った。

「さっきからココアココアって、どうしたの? あ、あれでしょ、購買でココアが二日連続で売り切れてたから、飲みたくてどうしようもなくなっちゃったんでしょ?」
「えっと、あれ? そうじゃなくて……」

 あれ? あたし、どうしてここまで超特急で走ってきたんだっけ? えっと、夢がココアで……じゃなくて、カカオ林くんが珍名さんで、でもそんな苗字なくって……あれ、でも冷静に考えたらカカオ林くんがスパイって何の話……。
 夢と現実と小説と珍名さんがごっちゃになったあたしは混乱する。

「えっと、茂手木さんの言うとおり、俺、クオーターなんだ。じいちゃんが実はトリニダードトバゴ出身で……」

 呆気にとられていたカカオ林くんが、凜花とあたしのやりとりに笑いながら言う。

「トリニダードトバゴ、知ってる? カリブ海の島なんだけど、一面にカカオ林が広がっててさ。日本人だった俺のばあちゃんがそれ見て感動して、日本式の苗字をつけるのに『カカオ林』にしちゃったんだ」

 当時は、苗字とか基本的に自由だったらしいから、そう言ってにこっと微笑む。
 カッコイイ。あたしの好みの、ど真ん中ストライク。こんなに見つめられたら、このまま昇天しちゃいそう。それに――。
 するとそのとき、あたしの様子に気付いた凜花が耳元に口を寄せ、そっとささやいた。

「だから、カカオ林くん、正真正銘の珍名さんだよ。よかったね、チョコちゃん」

 凜花のささやきに、あたしは照れ笑いを浮かべるカカオ林くんを見つめたまま、何度も無言でうなずいた。
 喜べ、小学校の時のあたし! あたしはいま、世界一の珍名さんに出会っている。それもかっこよくて、素敵で、優しそうな、最高の男の子に。
 「好きです付き合って下さい」、彼の手を握り、そう叫びたい衝動を辛うじてあたしは抑えた。
 だって、これは珍名さんになる、またとないチャンスだ。絶対にふいにするわけにはいかない。
 それに――何より、加々尾林智世子……カカオ林チョコ、これを運命と呼ばずして、なんと呼べばいいのだろう。
 あたしは未来の結婚相手を見つめたまま、まだ見ぬ一面のカカオ林に思いを馳せた。

【完】
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