次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
(自分の意思で‥‥ってそうじゃない可能性があるの? でも、あの置き手紙はたしかにフレッドの筆跡だった)
プリシラの混乱は深まるばかりだ。
「‥‥ディルはなにか思い当たる節があるの?」
仲良しとは言い難いが、二人きりの兄弟だ。ディルはフレッドからなにか聞いていたのかもしれない。
「いや。ただ、あいつの性格からしてどうもピンとこないというか‥‥誰かに謀られた可能性だって‥‥」
そこまで言って、ディルは口を噤んだ。
「誰かって!?」
プリシラはディルに詰め寄る。ディルの言う通り、あの責任感の強いフレッドがすべてを放棄して出ていくなんてどこか不自然な気もする。
(そうか。誰かに騙されたとか‥‥だとすると、フレッドの身の安全が心配だわ)
「もし、そうなら早く犯人を見つけてフレッドを探さないと!なにかあったら大変だわ。‥‥ディル?」
ディルは難しい顔でなにか考え込んでいた。プリシラに呼びかけられ、はっと我に返ったようだ。
「まぁ‥‥実際はわからないけどな。優等生だからこそなにもかも嫌になったのかもしれないし。俺たちが騒がなくても、捜索の手筈はとっくに整ってるだろ」
ディルはなにか思うところがあるくせに、それをプリシラに教えてくれる気はないようだ。明らかに話を逸らそうとしている。それがプリシラには歯痒かった。
「気がついたことがあるのなら、教えてよ! ディルはフレッドが心配じゃないの!?」
プリシラは思わず大きな声をあげた。ディルの前だと、無意識にお転婆だった少女時代に戻ってしまうようだ。
ーー長い長い沈黙。
「心配ねぇ‥‥ははっ」
ディルは美しい顔を歪ませて笑った。かすかに震える唇、乾いた笑い声が虚しく響く。
「ディル? どうしたの‥‥」
ディルはプリシラの細い顎を持ち上げると自分の方を向かせた。吐息がかかるような距離で二人は見つめ合う。怒り、憎しみ、悲しみ‥‥暗いディルの瞳には負の感情が渦巻いていた。
(ーーディル? なにをそんなに憎んでいるの?なにがあなたをそんなにも苦しめているの?)
プリシラの胸でなにかがざわざわと蠢いた。それは不吉な予感めいたもの。ディルの言葉の続きを聞くのが怖いような気がした。
「ーー両親にも臣下にも国民からも愛される優秀な兄。身分の低い母親から生まれて厄介者扱いされている異母弟にもそれはそれは優しくしてくれて‥‥ははっ。
あいつの失踪をこの国で一番喜んでるのは俺だろうな。いっそ、二度と戻ってこなければとさえ思うよ」
「ディル!?なにを馬鹿なことを!」
「本心だよ。今まで隠してただけだ」
ディルは無理やり口元だけを取り繕ったような笑みを浮かべると、プリシラの頬を撫でた。その指先はぞっとするほど冷たかった。
「ディル!ちょっと待ってっ」
プリシラが引き止める声を無視して、ディルは入ってきた出窓からまたひらりと外へ飛び出した。 ディルの背中は夜の闇に紛れて、あっという間に見えなくなった。
プリシラの混乱は深まるばかりだ。
「‥‥ディルはなにか思い当たる節があるの?」
仲良しとは言い難いが、二人きりの兄弟だ。ディルはフレッドからなにか聞いていたのかもしれない。
「いや。ただ、あいつの性格からしてどうもピンとこないというか‥‥誰かに謀られた可能性だって‥‥」
そこまで言って、ディルは口を噤んだ。
「誰かって!?」
プリシラはディルに詰め寄る。ディルの言う通り、あの責任感の強いフレッドがすべてを放棄して出ていくなんてどこか不自然な気もする。
(そうか。誰かに騙されたとか‥‥だとすると、フレッドの身の安全が心配だわ)
「もし、そうなら早く犯人を見つけてフレッドを探さないと!なにかあったら大変だわ。‥‥ディル?」
ディルは難しい顔でなにか考え込んでいた。プリシラに呼びかけられ、はっと我に返ったようだ。
「まぁ‥‥実際はわからないけどな。優等生だからこそなにもかも嫌になったのかもしれないし。俺たちが騒がなくても、捜索の手筈はとっくに整ってるだろ」
ディルはなにか思うところがあるくせに、それをプリシラに教えてくれる気はないようだ。明らかに話を逸らそうとしている。それがプリシラには歯痒かった。
「気がついたことがあるのなら、教えてよ! ディルはフレッドが心配じゃないの!?」
プリシラは思わず大きな声をあげた。ディルの前だと、無意識にお転婆だった少女時代に戻ってしまうようだ。
ーー長い長い沈黙。
「心配ねぇ‥‥ははっ」
ディルは美しい顔を歪ませて笑った。かすかに震える唇、乾いた笑い声が虚しく響く。
「ディル? どうしたの‥‥」
ディルはプリシラの細い顎を持ち上げると自分の方を向かせた。吐息がかかるような距離で二人は見つめ合う。怒り、憎しみ、悲しみ‥‥暗いディルの瞳には負の感情が渦巻いていた。
(ーーディル? なにをそんなに憎んでいるの?なにがあなたをそんなにも苦しめているの?)
プリシラの胸でなにかがざわざわと蠢いた。それは不吉な予感めいたもの。ディルの言葉の続きを聞くのが怖いような気がした。
「ーー両親にも臣下にも国民からも愛される優秀な兄。身分の低い母親から生まれて厄介者扱いされている異母弟にもそれはそれは優しくしてくれて‥‥ははっ。
あいつの失踪をこの国で一番喜んでるのは俺だろうな。いっそ、二度と戻ってこなければとさえ思うよ」
「ディル!?なにを馬鹿なことを!」
「本心だよ。今まで隠してただけだ」
ディルは無理やり口元だけを取り繕ったような笑みを浮かべると、プリシラの頬を撫でた。その指先はぞっとするほど冷たかった。
「ディル!ちょっと待ってっ」
プリシラが引き止める声を無視して、ディルは入ってきた出窓からまたひらりと外へ飛び出した。 ディルの背中は夜の闇に紛れて、あっという間に見えなくなった。