次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
パトリシア宮の北端。書庫や武器庫が並ぶ、あまり陽の当たらない一角に第二王子ディルの宮はあった。異母兄フレッドの住まう王太子宮に比べると、広さも使用人数も半分以下。王子の住まいとしては寂しすぎるくらいだが、ディル自身は気に入っていた。人目につかないので、自由に動けるのが一番の魅力だ。
ディルは今日もいつも通り、鍵の壊れた裏門からこっそりと宮に戻った。抜け出したところは誰にも見られていないはずと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。
自室の扉の前で、ディルを待ち構えている男がいた。
「なんだ、ばれてたのか」
「さすがのディル殿下も今夜ばかりは大人しくしていて下さると思ってたんですけどね」
ディルのただひとりの側近、ターナは仏頂面で主をひと睨みすると、わざとらしく肩を落とした。ふわふわとした癖っ毛に女の子のような大きな瞳。小柄な体型もあいまってか、同じ年のディルよりずっと年若く見える。が、その可愛らしい外見に似合わずなかなかの切れ者だ。常に冷静沈着で、長い付き合いのディルでさえターナが動揺したところなど数えるほどしか見たことはない。くわえて東方の大陸から輸入される暗器の使い手で、腕も立つ。たったひとりで十人分くらいは仕事をしてくれる頼りになる側近だ。
「飲むか?付き合えよ」
「いい酒を恵んで下さるのなら」
「フレイア子爵夫人から贈られたワインでどうだ?」
「それなら、喜んでお付き合いしましょう」
ディルはターナを部屋に招き入れ、自分は酒の準備をする。主従関係からいえばターナが動くべきなのだが‥‥。
「私は時間外労働はしない主義ですから。そもそも今日は勝手に部屋を抜け出した殿下の身を案じて、一時間近くも無駄働きをしましたし」
「いちいち嫌味な奴だな。悪かったよ。ほら、お詫びの品だ」
ディルはグラスに注いだワインをターナに差し出した。深みのある紅色と芳醇な香りは最高級ワインの証だ。
ディルは今日もいつも通り、鍵の壊れた裏門からこっそりと宮に戻った。抜け出したところは誰にも見られていないはずと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。
自室の扉の前で、ディルを待ち構えている男がいた。
「なんだ、ばれてたのか」
「さすがのディル殿下も今夜ばかりは大人しくしていて下さると思ってたんですけどね」
ディルのただひとりの側近、ターナは仏頂面で主をひと睨みすると、わざとらしく肩を落とした。ふわふわとした癖っ毛に女の子のような大きな瞳。小柄な体型もあいまってか、同じ年のディルよりずっと年若く見える。が、その可愛らしい外見に似合わずなかなかの切れ者だ。常に冷静沈着で、長い付き合いのディルでさえターナが動揺したところなど数えるほどしか見たことはない。くわえて東方の大陸から輸入される暗器の使い手で、腕も立つ。たったひとりで十人分くらいは仕事をしてくれる頼りになる側近だ。
「飲むか?付き合えよ」
「いい酒を恵んで下さるのなら」
「フレイア子爵夫人から贈られたワインでどうだ?」
「それなら、喜んでお付き合いしましょう」
ディルはターナを部屋に招き入れ、自分は酒の準備をする。主従関係からいえばターナが動くべきなのだが‥‥。
「私は時間外労働はしない主義ですから。そもそも今日は勝手に部屋を抜け出した殿下の身を案じて、一時間近くも無駄働きをしましたし」
「いちいち嫌味な奴だな。悪かったよ。ほら、お詫びの品だ」
ディルはグラスに注いだワインをターナに差し出した。深みのある紅色と芳醇な香りは最高級ワインの証だ。