次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
ターナは満足気に微笑みと、グラスに口をつけた。こう見えて、彼も上級貴族の子弟だ。その姿はなかなか様になっている。
「あぁ、これは極上の品ですね。フレイア子爵夫人の殿下への愛の深さを感じます」
「金持ちだからな、フレイア子爵家は」
「言っときますけど、いまのも嫌味ですよ。逆上したフレイア子爵に刺されないよう、身辺には十分注意してくださいね」
ターナの冷たい視線を無視して、ディルは口に含んだワインをゆっくりと喉に流しこんだ。
「まぁ、俺が刺されたところで誰も困らないからいいんじゃないか。遊び相手をなくした女たちは泣いてくれるかもしれないが」
ディルは口ではそう言いつつも、彼女たちは決して涙など流さないだろうなと考えていた。お気に入りのおもちゃがひとつ壊れた程度で泣いたりしないだろう。
もちろん、それはディルの方も同じだから薄情だとも思わないが。

(‥‥あいつは、泣くだろうか? 俺の死を知ったとき、どんな顔をするだろうか?)
フレッドを想って泣いていた彼女。あの涙の半量でも、自分のために流してくれることはあるだろうか。
(いや、生真面目なプリシラのことだ。色恋沙汰で刺されたなんてことになったら、墓前で説教をはじめかねないな)
彼女の言いそうな台詞、そのときの表情まで、容易に想像できてしまう。

なぜだか嬉しそうな顔をしているディルに釘をさすように、ターナは厳しい顔を向ける。
「昨日までなら、その通りですねって答えるんですけど‥‥状況が変わってしまいましたから」
「ん?」
「フレッド殿下の安否がわからないこの状況ですと、貴方の王位継承権は大きな意味を持ちます」
ディルはふっと息を吐いた。
「‥‥なるほどね。だから、いつもは見逃してくれる外出にも文句をつけたわけだ」
「ディル殿下を大人しくさせろ、御身の安全を確保しろとの命がくだりましたので。宮仕えの私としては、従うしかありませんから」
ターナは悪びれるふうもなく淡々と言った。










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