パーフェクト・インパーフェクト
「吐け」
女性のように白くしなやかな指先に、ガシッと顎を掴まれた。
くちびるが縦に寄ってタコみたいな口になる。
「ひゃ、ひゃからなんにもな……」
「杏鈴ごときがおれに嘘つこうなんて100億万年はえーんだよ」
なんだとう。
そっちのほうがふたつも年下のくせに!
「まさかおまえ、まんまと不倫男の手中にハマって……」
「ち、っがうから! ぶぁかっ、ひゃなせっ」
こんなのでスタートするとか史上最低の年明けだ。
けっこう痛いし。
お顔は大事な商売道具なのになんてことしてくれるわけ。
「あー!! お兄ちゃん、またアンちゃんのこといじめてー!」
地獄の苦行を受けていた両頬がやっと解放されたのは、ちょうどよくトイレから帰ってきたかわいらしい声のおかげだった。
雪夜とよく似た形の指が庇うように抱きしめてくれる。
「アンちゃん大丈夫? いつもごめんねえ、うちの野蛮すぎる兄が……」
「うう……ありがと海帆、助かったよう」
海帆は雪夜のふたつ下の妹で、兄貴と同じに顔はべらぼうにかわいく、兄貴と違って性格は素晴らしく善良だ。
まだ中学生だとは思えないほど大人びているし、春から高校生になったら、男の子たちは絶対に放っておかないだろうな。
プロのバレリーナを目指して毎日すごく忙しくしているから、いまは恋をしている暇なんてないかもしれないけど。
練習をして夜遅く帰ってくるせいで、わたしが国茂家で夕飯をごちそうになるときでも、海帆とはほとんど会えないのである。