冷徹副社長と甘やかし同棲生活

 椿さんの声は、時々震えていた。必死に涙をこらえているように聞こえた。
 
 私は、葵衣くんのことを想うと涙が止まらなかった。
 天真爛漫で明るい彼が、壮絶な子供時代を歩んでいたなんて。


「俺は兄さんと納得いくまで話し合った。兄さんは、両親を支えて会社を継ぐ。俺は、大学進学と同時に、弟を連れて家を出ると決めたんだ。親父に伝えたとき、初めて泣いて謝ったよ。母さんは俺に“葵衣を連れて出ていくなら、一切仕送りはしない”と怒り狂っていた。葵衣のことを無視していたくせに、飼い殺しにする気かって、あの時は反抗したよ」

「だから……大学時代はお金がなかったんですか?」

「ああ。大学は奨学金で通っていたが、バイトだけでは家計が苦しくてな。母さんに見つからないように、親父が時々仕送りはしてくれていたけれど。葵衣優先に生活していたから、俺は食うものにも困っていた時期があって……その時、助けてくれたのがお前のご両親だ。あの時、食べさせてくれたご飯の味は、今でも忘れない」

 
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