その件は結婚してからでもいいでしょうか

「あれ?」
美穂子は目を開ける。

浅い眠りの中にいたので、この明かりが夢なのか現実なのか、わからない。

美穂子は身体を起こした。

「いるなんて、知らなかったな」
声が聞こえた。

美穂子は目をこする。

ドアのところに、知らない男性が立っていた。
「おつかれ」
男は言った。

「は、はい。おつかれさまです」
反射的に美穂子は答えて、しばらくぼんやりする。

これは、夢? 現実?
って誰なの、あれ。

男は部屋の中に入ってきて、美穂子に構わず本棚を見上げる。何冊か手に取って、パラパラとめくった。

ストレートの黒髪。すっきりとした面立ち。年の頃は三十すぎか。身長は高く、たぶん180センチはあるだろう。薄手のボーダー柄のニットとデニムを着ている。

男は何冊か手に持つと「じゃあ」と部屋を出て行く。
美穂子はその背中をじっと追った。

新しいアシスタントの人かな。それとも。

美穂子は毛布を引きずりながら、部屋を出る。

その男性は迷わずキッチン奥のドアへ。いつもは鍵がしまっているドアを開けて、中へ消えていった。

美穂子は、薄暗いキッチンに立ち尽くして、ドアをじっと見つめる。

……桜先生の旦那さま、とか……。

バアンッ!
次の思考が続く前に、目の前のドアが弾けるように開いた。

美穂子は「わあ!」と叫んで、手の毛布を吹っ飛ばす。

さっきの男性が顔を見せる。
「まさかの、家出?」

そう言った。


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