その件は結婚してからでもいいでしょうか

美穂子はあっけにとられて「は?」と聞き返した。

「だから、美穂ちゃんは、家出してきた?」
男性が尋ねた。

「……家出、というか。追い出されて」
美穂子は思わずそう答えた。

「家賃滞納?」
「いえ、ルームシェアしてた友達が、彼氏連れ込みました」
「ほほー」

男性はなぜか楽しそうな顔をする。

「そりゃ、災難だったね」
「はあ」

美穂子はまだ状況が飲み込めない。

どうしてわたしの名前を知ってるんだろ。会ったこともないのに。

「夕飯、食った?」

言われて初めて気づいた。そういえば夜ご飯は食べてない。お腹がぐうとなる。

「おいでおいで」
男性は笑顔で手招きした。

だって、そこ、桜先生のおうち……。

「遠慮すんなって」
男性は躊躇する美穂子に背を向けると、桜先生の部屋へずんずんと入っていく。

い、いいの?

美穂子は恐る恐る、禁断の聖域へと足を踏み入れた。

右を見ると、こっちもやはりキッチン。どうやら作りがアシスタントの作業部屋と正反対になっているらしい。

でもこのキッチン……。何にも置いてない。鍋もまな板も調味料も。アシスタント部屋にある飲み放題コーヒーもない。

キッチンに気をとられていたら、何かを蹴ってしまった。

下を向くと、ゴミ袋の山。

なにこれ。

顔を上げて、リビングに続くフローリングを見る。そのいたるところに、同じようなゴミ袋の山が落ちていた。

「悪い悪い、ゴミ出しの日、忘れちゃうんだよね」
男性が頭を恥ずかしそうにかいた。

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