その件は結婚してからでもいいでしょうか

降ろされた布団の冷たさに、美穂子は「ああ、気持ちいい」と伸びをした。

「水飲む?」
隣にあぐらをかいた先生に、見下ろされてる。

「大丈夫、たぶん」
ろれつが回らない。

「じゃあもう寝ろな。今日はアシの仕事お疲れ様」
先生がニコッと笑う。それから「メガネとろっか」と手を伸ばした。

美穂子のメガネを触る。
ちょっとだけ、こめかみに、指が当たった。

あの感じが来た。体の奥がじわじわする。

「触ってください」
美穂子は言った。

「え?」
先生の手が止まる。目が驚いたように見開かれた。

「先生、わたし、触られたいです」

先生が動揺している。カワイイー。

美穂子は、メガネをつまんでいた先生の指に軽く触る。先生がメガネを離した。

「誘ってんの?」
先生が真顔で尋ねた。

先生の瞳が、美穂子を見つめる。まるで自分が真っ白な紙になったみたいだ。真剣に描くときの、あの瞳。

ぞくぞくする。

「誘うって、何にですか?」
美穂子は目を閉じて、夢うつつだ。

先生の指が、美穂子の耳に触れた。

「あっ」
思わず声が漏れる。

「……煽るなよ、俺、知らないぞ」
先生の声が近づいた。

「ううん?」
美穂子はもう、目を開けてられない。今にも眠りの世界に引き込まれそうだ。

先生の気配を、首のすぐそばに感じる。
熱い呼気が首筋にかかる。

「止められないからな」

最後、先生の言葉が耳元で聞こえた気がした。
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