その件は結婚してからでもいいでしょうか

痛みをこらえながらなんとか身支度を整えると、そっとリビングへ顔を出した。

先生はデスクに座って、鉛筆を指で弄んでいたが、気配に気づくとこちらを見た。

「おお? 酔っ払いのご起床ですよ」
棘のある口調。目が冷たい。

「もももももも、申し訳ございませんでした」
美穂子は痛む頭を抱えながら、これでもかと低く頭を下げた。

「わたし、先生にご迷惑をおかけしたらしく……」
「覚えてんの?」
「いえ、まったく」

先生が盛大にため息をついて、机につっぷした。

「ああもう〜。美穂ちゃんのせいで、煩悩まみれの夜を過ごす羽目になっただろ?」
「……どういう意味です、それ」
「ちくしょ」

先生がなぜか悪態をついた。それからジッと美穂子を見つめる。

「美穂ちゃん」
「はい」
「よそでお酒飲むのは禁止。あまりにも酒癖が悪すぎる」
「す、すいません」

美穂子は平謝り。

「そっか、忘れちゃったのかあ」
先生は、最後になんだか残念そうな呟きを漏らした。呟きとともに力も抜ける。

美穂子は首をひねった。

わたし、いったい何をやらかしたんだろう。

「あ、それから」
先生は気だるそうに目を閉じる。

「これから、八代さんが来るから」
「え? 八代さんが?」

美穂子の背筋がピンと伸びる。八代さんとは、美穂子の担当編集さんだ。
< 72 / 167 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop