その件は結婚してからでもいいでしょうか
「美穂ちゃんにいい話があるって」
先生は、気だるそうにしながらも、微笑む。
「八代さんは、桜先生の正体を知ってるんですか?」
美穂子は驚いた。誰もしらないという噂だったから。
「会社はさすがに知ってる。でも『見たことない』って言っておけば、アシスタントさんたちも追求したりしないだろうから、そうやって言ってるだけ」
「なんだ」
拍子抜けした。
「それに」
先生の視線が、少し上を向く。
「八代さんは、俺の最初の担当さんだから。少女漫画に転向するのを進めてくれた人」
どきん。
美穂子の胸が鳴った。
あれ、なんで。
美穂子は慌てて胸に手を当てる。
先生が話してるのを見たら、なんだかちょっとときめいた。なんてことはない話をしてただけなのに。どうしてだろう。
「美穂ちゃん、お風呂でも入ってお酒抜いといで。酒臭いから」
「はっ、はい、すいませんっ」
そう言われて、美穂子は浮かんだ「なぜ?」を突き詰める間もなく、慌ててバスルームへと向かったのだった。