どうせ好きじゃ、ないくせに。

「走ったの?偉いじゃん」


「っ、そういうことじゃなくて…!」



ペースが、乱される。自由人というか、彼の雰囲気にあっけなく取り込まれていくんだ、いつも。



「い、一之瀬さんと話してるところなんて見られたら、本当に私…」


「知ってるよ、だから脅してんじゃん」



自覚あったんかい!と内心きれっきれに突っ込みつつも、口に出せない私はやっぱり立場が弱い。


誰かが休憩室に入ってきてしまったらどうしようかと焦れば焦るほど、頭の中が混乱していく。そしてそんな私に追い打ちをかけるように、私の胸あたりまでのストレートヘアを指で遊び始める。



「な、なにしてるんですか」


「髪綺麗だよね、あの日も思ったけど。」


「あの、お願いですからその話はっ…」


「はは、必死。そういう所かわいいよね。」



…私がもし漫画の登場人物だったら、今頃ぼんっと頭のてっぺんが噴火しているだろう。

さっき思い切り血の気が引いたばかりなのに、今度は血流のすべてが大暴れし始めてしまった。


一喜一憂。その言葉をこんなに実感させられてしまうのが、悔しい。
だって彼の言葉でしか、こんなことにはならない。



「……あの日も、かわいかったけど」



意地の悪い、笑顔。

こうやって、拒んでも拒んでも隔てた壁を指一本で溶かしてしまって。


いとも簡単に、私をぐちゃぐちゃに乱すんだ。


……"あの日"も、そうだった。

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