どうせ好きじゃ、ないくせに。
「今日は広報部と営業部、合同でやるって言われなかった?」
「は、初耳です…」
「そっか」
彼と私は、同じビルではあるものの、階も仕事内容もその量も全くと言っていいほど異なるから、ほとんど一緒に何かをする機会なんてなかった。
…今日、来て正解だった。こうして隣の席になれて、言葉を交わすことができるなんて。
「…ねえ、そういえば君、なんで俺の名前知ってるの?」
「…え」
「話したことあったっけ?」
「あー…ええと」
あなたの名前ぐらい、社内の人間ならだれでも知ってる。
そう口を開こうとするけれど、なんだか上手く言葉が紡げない。
……そういえばなんだか、身体中が、熱くて熱くて仕方ない。心臓までどくどくいって、なんだか今にも爆発しそうだ。
頭、痛い。
ふらふら、する。
「……眠いの?」
声のトーンが、鮮明に、けれど静かに響く。
店内はみんなの声でひどく賑やかなはずなのに、まるでこの空間が、彼のためだけにボリュームを下げたような、そんな気がした。
こくんと頷く私の頭を、彼の手が引き寄せていく。そうして肩に乗せたとき、私の思考はもう、停止していたのかもしれない。
「もう一度聞くけど、…なんで俺の名前、知ってたの?」
もうそこに、意図も理性も存在していなかった。
「…ずっと、見てたから…」
自分の声が、自分の耳に届かない。
「…そっか」
---彼の、香水の香りがする。
爽やかで、けれどどこか色っぽい、卑怯な香り。
「…ねえ」
うっとりと瞼を下ろした私の意識が、遠ざかるそのさ中。
「酒に弱いって、本当だったんだね?」
その言葉をまるで、店内に流れる言語の違うBGMのようにぼんやりとだけ聞きながら
「ねえ、佐岡さん。」
彼の香水の香りだけが、やけに深く、浸透していた。