ドメスティック・ラブ

 さっきまで一面赤かった空が、西側にオレンジの色を残しながらグレーを経て夜の藍色へと染まって行き、暗くなった部分から少しずつ星の光が顔を出す。山の中を走る高速からは遮るもののない空がよく見えた。すれ違う逆車線の車達もいつの間にかライトを点けている。この車もいつの間にかメーターパネルのバックライトが点灯していた。
 終わりかけの夕焼けを眺めていたら少し肌寒くなってきたので窓を閉める。折角温泉で温まったのに、風に当たり過ぎたら湯冷めして風邪を引いてしまう。それじゃこの間の反省が何も生きていない。

「さっきの所、良かったな。あんなに粘度のある温泉初めて入った」

 まっちゃんが左手でハンドルを軽く叩きながら言う。

 途中で立てた大雑把な計画の通り、紫陽花と菖蒲の見事な紫のグラデーションを堪能して、温泉街へと向かった。途中にあった寂れているけれど由緒あるという神社で無病息災を願い、無料公開していた酒蔵でまっちゃんに羨ましがられながら試飲をしたりした。どちらも道路脇の立て看板を見て急遽立ち寄ったスポットだ。温泉は折角なのでと外湯を二箇所周り、さっきようやく帰途に就いた所。
 美肌効果が高いという少し灰色がかった薄濁りのお湯は、手で掬い上げると片栗粉でも溶いたかの様にかなりのとろみが感じられた。三十路に突入して乾燥を感じる事が多くなった肌には嬉しい泉質だった。今も手の甲はハンドクリームを塗った後の様にしっとりしているし、窓の外を眺めていても無意識の内にペタペタと自分の腕を触ってしまう。

「あんかけのあんの中に浸かってるみたいな気分にならなかった?」

「いやあんかけって言うよりあれは葛湯だろ、色的に」

「あ、確かに!緩い所もちょっとグレーっぽく濁ってた所もそれっぽい!」

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