ドメスティック・ラブ

 実際に漂っていた温泉らしい微かな金臭さの記憶を消して、生姜の香る葛湯の中に身を沈める妄想をしてみる。甘くて温まって肌がツルスベになるなんて最高。
 年甲斐もなく空想の世界に思いを馳せてニヤニヤしていると、まっちゃんが運転席からチラリとこちらを見た。その輪郭を植え込みの向こうの対向車線のライトが一瞬光らせては通り過ぎて行く。

「楽しかった様で何より」

「楽しかったよー、たくさん遊べたし温泉も気持ち良かったし。ただ温泉は二人だけだとどうしても中では一人なのが残念だよね。あのトロトロ感ではしゃぎたかったけどさすがに一人だと黙って堪能するしかなかったよ」

 ただし一人じゃなかったらお風呂を上がるまでに倍以上の時間がかかっていたかもしれない。なんてったって美肌の湯だ。
 もちろんそこまでに見た紫陽花と菖蒲はとても綺麗だったし、酒蔵の見学は面白くて試飲した日本酒も美味しかった。
 手元のスマホを触って、他の観光客が撮ってくれた写真を開く。一面の花をバックに笑うまっちゃんと私。結婚式以来のツーショットだ。旅先でよく撮るいつもの記念写真にも見えるし、けれどやっぱり二人きりだと客観的には恋人同士のデート写真にも見える。
 ちゃんと楽しかった。落ち込んでいた気分も晴れたし、その辺は多分まっちゃんの思惑通りだ。

「じゃあ一緒に入れる所行くか」

「そうだねー……って……え?」

 何気なく言われた言葉に頷きかけて、一瞬遅れてその意味を脳が理解する。
 一緒に……温泉?

「どうせ明日休みだしな。部屋風呂付きの旅館ってどこか飛び込みで行けるかな」

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