ドメスティック・ラブ

「それは構わないんだけど……」

 さっきの冗談ともつかない言葉が尾を引いて、上手く返せない。まっちゃんは全く気にした様子もなく、この様子じゃ既に言った事すら忘れてそうなのに私だけ馬鹿みたいだ。

「こんな所じゃ期待出来ないかもしれないけど、今度その分もっと美味い物食べに行こう」

 そう言って笑うまっちゃんはいつもとまったく変わらない。思わせぶりな事を言っておいてこれだ。
 移動は車とは言え二回も温泉に入ったし、その分意外と体力を使って確かにお腹は空いている。とりあえず私も複雑な感情は棚上げにして、食事に集中する事にした。
 価格設定が少し高めなせいか、フードコートに比べるとレストランはずっと空いていた。セルフサービスでもないし、その分ゆっくり食事は出来る。

 『この後』の事には触れないまま、当たり障りない会話で料理を食べ終えてレストランを出た。相変わらず駐車場は混んでいて、フードコートのみならず私達が出て来たレストランにも順番待ちをしている人達がいる。
 数歩前を車に向かって歩くまっちゃんの背中は何も語らない。なので私も黙ってその後を着いて行く。
 車に乗り込んだ所でようやくまっちゃんは口を開いた。

「で、どうする?」

 その選択肢を私に委ねるのはずるい。そう思ったけど、口には出さなかった。
 もしここで私が泊まって行こうと言ったとして。本当に私達の関係が進むんだろうか。
 少し前から気づいていたけど、まっちゃんは意図的にそれを避けている。押し倒したまま朝まで眠った時の焦りっぷりと何もなかったと知って安堵した様子がその裏付けだ。最近は夜家にいる事も多いから、チャンスなんていくらでもあった。でも私達は仲の良い夫婦を装っていてもハグから先に進めない。キスだって車の中での一度きり。
 いつまでもこの状態じゃ本当に夫婦とは言えないというのは分かってる。でもまだ一つだけ、足りない物がある。それがないと私だって踏み込めない。

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