ドメスティック・ラブ
「ところでいつになったら名前で呼んでくれんの?」
「え?」
「善処するって言った割に変えようとしてるの一度も聞いてないんだけど」
「……あ」
そう言えば千晶と呼ばれる様になった時に、私も名前で呼ぶ努力はするって言ったっけ。
ヤバい。正直完全に忘れてた。
「あー……うん、それはまたおいおい……」
「ベッドで『まっちゃん』ってのも格好つかないしさ。あれから結構経つしそろそろ努力の片鱗を見せてもらえませんかね」
まっちゃんが笑いながら身を乗り出して来る。引きつった笑顔を浮かべた私は心持ち仰け反って答える。
「だからまた後日……」
さらに一歩退こうとすると、まっちゃんの腕が背中に回って肩を掴まれた。退路を断たれてしまうともう逃げ場がない。自分の目線より少し上にある彼の顔を恐る恐る見上げると、まっちゃんは唇の端をさらに上げた。それを見ると何故か更に追い詰められた気分になる。
学生時代、ノリと勢いとリーダーシップで皆を引っ張るアイデアマンな会長のよっしーに対し、それを一歩引いて笑顔でフォローしている様に見えて、実はしっかり手綱を握ってコントロールしているやり手副会長のまっちゃんのコンビが絶妙だと言われていたっけ。つまり、笑顔のまっちゃんは妙な迫力があって中々に怖い。普段はあれこれまっちゃんを振り回す側の私でも、ひとたび本気で圧されたら逆らえない。