副社長は束縛ダーリン
長谷部くんのスプーンが私の唇に触れようとした、そのとき、後ろのテーブル席で、ゲホゴホと大袈裟なほどに咳き込む大きな声が響いた。
あの、おじいさんだ。
私はビーフシチューを口にすることなく立ち上がり、慌てておじいさんの側に駆け寄って、その背をさする。
「大丈夫ですか? お水、飲めますか?」
「水はいい。もう平気じゃ。すまんの……」
おじいさんの前には、アイスコーヒーしか置かれていなかった。
料理を注文していないのか、それともこれから来るのか分からないが、むせた原因はアイスコーヒーみたい。
気道に食べ物を詰まらせてはいないようで、おじいさんも平気だと言うし、私は自分の席に引き揚げる。
着席する際にチラリと後ろをみたら、おじいさんはアイスコーヒーを飲んでいた。
なぜかマスクを外さず、ストローをその下に差し込むようにして。
建物内なのだから、サングラスも外せばいいのに、まるで顔を見られたくないような……。