ただ、そばにいて。
 持っていたショップバッグにレンタルしたDVDを入れ、コンビニで買った缶チューハイとサボテンの袋を手に提げて夜道を歩く。

 冷たい外気にさらされ、酔いもすっかり冷めてしまった。
 十二月中旬の仙台は雪こそないものの、やはり夜ともなると相当冷え込む。

 家は駅から歩いて十五分ほどの場所だ。
 商店街を抜けた先にある住宅地の、高台に建てられた一軒家。


 母親は、三年前からバンクーバーに行っている。
 柚月が大学に入学したのを機に向こうに渡り、夢だったインテリアの仕事を始めた。

 父親はどこにいるかわからない。
 両親は離婚しており、学生である柚月の学費と生活費は、顔を合わすことのない父親が毎月律儀に振り込んでくる。

 わずらわしさのない、自由で贅沢な環境だ。
 おまけに家賃と光熱費の負担がないので、貯金だってそれなりにある。


 はぁっと息を吐いてみた。
 肺の奥に溜まっていた古いものを吐き出すかのように。

 白い息はずっと遠くまでけむり、やがて冷たい空気に溶けていく。

 鷹森との恋人関係を解消したからといって、傷ついていない自分。
 たぶん心のどこかで、安全装置が作動しているのだと思う。

 仕事がら服と化粧にはお金をかけるが、それ以外の、趣味とか、習いごととか、ギャンブルとか、そういったものにはまったく興味がない。
 もちろん男に貢ぐような真似もしない。

 よく言えば堅実、はっきり言ってしまえば、つまらない人生。

 ――つまらない人生?

 そんなふうに思う自分は、心の底ではいまの暮らしを変えたいと思っているのだろうか。

 ブランドショップの店長を任されているものの、キャリアと呼べるほどの仕事をしているわけではない。
 ずっと昔に抱いていた夢も、忘れかけている。

 すべてを捨ててもいいと思えるような、情熱的な恋だってしていない。

 でも、普通の人生なんてこんなものではないのか。

 波乱万丈なんていらない。
 期待なんて抱かないほうが、痛い思いをせずに済む。
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