ただ、そばにいて。
 コンビニに向かって歩きながら、瑞希はバッグのなかのスマートフォンを探った。
 指先をスライドさせ、柚月の番号を呼び出す。

「お願いだから、はやく出て」

 いらいらしながら電話のコール音を数える。
 留守番電話に切り替わる直前になって、ようやく「もしもし」という声が聞こえた。

「柚月、いまどこ?」
「どこって、東京だけど」
「それは知ってる。話していても大丈夫かってこと。最近あなたの周りで、変わったことはなかった?」
「変わったこと?」
「変な男が家に来てるの。門のところに座り込んでた」

 柚月の背後から喧騒が聞こえてくる。
 ハイテンションなキャッチの声。女の甲高い奇声。
 きっと同行する仲間と夜の街へ繰り出しているのだろう。

 柚月は黙っている。
 やっぱり心当たりがあるのだな、と瑞希は心のなかでため息をついた。

「あんたまた、誰かに付きまとわれてるわけ?」

 柚月がらみの不審者騒動は今回が初めてではなかった。
 妹はきれいな顔立ちをしており、しょっちゅう『ミスなんとか』に選ばれている。
 高校のころに読者モデルの仕事を始め、大学に入ってからは地元の情報番組にアシスタントとして出演することもあった。

 目立つ仕事をしていると、周りに人がたくさん集まってくる。
 いい人も、悪い人も。

 去年の夏、自宅周辺をうろついていた男が不審者として近所の住民に通報されるという事件があった。
 捕まった男は柚月のことが好きになり、どうしても近付きたかったのだと言った。
 つまりはストーカーだ。

 柚月はまったく面識のない人だと言い張っていたが、向こうは柚月のことをいろいろ知っていた。
 在籍する学校、生年月日、交友関係や家での食事の内容。

 専門家に調べてもらうとソファの下から盗聴器が見つかった。
 犯人はソファを買ったときの運送屋だった。

 柚月はしばらくリビングに近づくことを怖がっていたが、やがて事件があったことも忘れ、なにごともなかったように日常に戻った。
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