ただ、そばにいて。
 柚月はしばらく黙ったあと、「お姉ちゃんにお願いがあるの」としおらしい声を出した。
 瑞希は身構える。妹がこういうふうに甘えてくるときは、ろくなことにならない。

「……なに? 頼みを聞くかどうかは内容次第だけど」
「私の高校のときの友達に、長瀬悠斗《ながせはると》って子がいたのを覚えてる?」
「長瀬悠斗?」

 記憶の糸をたぐり寄せる。
 そういえば柚月が少し鼻にかかった甘えた声で「はるとぉー」と呼んでいた子がいたっけ。

 高校時代、柚月は『家庭菜園部』というめずらしいクラブに入っていた。
 柚月のほかに女子がひとり、そして男子が三人という小さなクラブだ。
 校庭の端や屋上にプランターを並べ、自分たちで収穫した野菜を使って料理をするという活動をしていたらしい。

 ときどきメンバーがうちに集まって、野菜を使った料理のレシピを考えるという場面もあった。
 そんなとき中心となっていたのが、長瀬悠斗だ。

 柚月には華やかな友達が多かったが、悠斗だけは違っていた。
 よれよれのジーンズをはき、髪はいつ切ったのかと思うほど不揃いに伸びていた。
 とても素朴な印象で、どうしてこの子が柚月のグループに入っているのか不思議だった。

 でも、彼の作りだす料理は魔法のようにおいしく、キッチンに立っている悠斗は、無表情ながらいきいきしていた。
 だから、瑞希のなかで悠斗の印象は鮮烈だった。

「悠斗くんね。覚えてる。彼がどうかした?」
「本当はね、悠斗も一緒にヨーロッパに行く予定だったの。でも移動中に悠斗の仕事先から電話があって」

 柚月の話によると、悠斗の働いている飲食店でボヤ騒ぎがあったそうだ。
 出火原因は警察が調べているところだが、店舗の上はアパートになっていて、悠斗もそこに住んでいた。
 全焼は免れたものの、二階の住居部分も消火活動で水浸しになったらしい。

「だから悠斗だけ途中で引き返したの。泊まるところがないみたいだから、しばらくうちで面倒みてあげて。大事な友達なんだからくれぐれもよろしくね」
「よろしくって言われても……」

 こっちが反論するまえに通話は切れた。
 スマートフォンの画面に『通話終了』と表示される。

「いつもいつも、柚月は勝手なんだから!」
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